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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第15話 遅れて来た道化師

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【6】 朝焼けに溶けた、封じられしもの

石壁に(はりつけ)になった怪物の腹は、不自然に膨れ上がっていた。

内側から膨張し、皮膚の下でガスが泡のように渦巻いている。

その口がパクパクと開き――だが、吐き出すのは空気ではなく、混ざり合ったガスの臭気。


そのときだった。


「シローーーッ!!」


突然、鋭く空気を裂く声が辺りに響いた。


プレハブの建物、歴史考古学調査室の窓――

そこから、寝ぼけ顔の一織が身を乗り出していた。


「何があったのよっ!!」


二発目の怒鳴り声が飛んでくる。

怒気を孕んだ声なのに、なぜか呑気に聞こえた。


一織の視界の先には、作業員宿舎が死角となり、怪物も石箱も見えていない。

あの喧騒も、絶叫も、爆音も、彼女には届いていなかったのだ。


――(幸せな子だな)


龍信と碧は顔を見合わせ、微かに苦笑した。


時貞は、二人の少し後ろで頭を掻いていた。

一織に、これから何をどう説明すればいいのか――

考えるだけで、胃のあたりが重たくなる。

久々に、ちょっとだけ憂鬱だった。


と、その瞬間。


後方から「バキッ」と鈍く弾ける音。

振り返るより早く、時貞の背筋に冷たいものが走った。


怪物の右腕が、外れた。

鉄筋がしなり、拘束を振りほどくように――ついに自由を得る。


その巨大な手が、腹の下に突き刺さったガスバーナーをぎゅっと握りしめる。

鋼のような腹筋が波打ち、内臓の奥から力を込める。


――しかし。


「……抜けない?」


力を込めるたび、怪物の身体がわずかに痙攣し、ガスがぷしゅ、と漏れた。

だが、バーナーはびくともしない。


それは――

時貞がバーナーを突き刺したその先端が、腹の中に再び飲み込まれた“信玄の首”の、開きかけていた口の中に、深くめり込んでいたのだ。


信玄の、圧迫された喉が自然と反射を起こす。

開いた顎が、ぎちりと閉じた。

腹の中の信玄の首が、必死な形相で、バーナーの先を離すまいと噛み締めていた。


それは、死者の意志か、あるいは偶然の呪いか――

怪物は、自分の腹の内から拘束されていた。


「教授」


「はい」


前を歩いていた龍信に呼ばれて、時貞が顔を上げる。


「あの怪物を拘束したの、彼女ですよ」

龍信は、隣を歩く碧に目をやった。


「腕を奪ったのも、爪を剥いだのも……全部、彼女です」


「はぁ……」

時貞が強張った笑みを浮かべる。

龍信が向き直って歩き出そうとした、そのとき――


「あっ!」

思い出したように時貞が声を上げた。

龍信と碧がもう一度、足を止めて振り返る。


「監督、火を」

時貞は親指を立てて肩越しに後ろを指した。


「あ、ああ」

龍信はポケットからオイルライターを取り出すと、銀色の蓋を開けて火を点けた。

そのまま、それを怪物の顔めがけて下手投げする。


ライターは、スローモーションのように空中でくるくると回転しながら、怪物の口元をかすめた。

次の瞬間、怪物が吐いたガスに引火し、小さな火を吹く。


ブワッ!


怪物は白目をむきながら、慌てて右手で口を塞ごうとする。

しかし、ガスは指の隙間から漏れ続け、火は消えない。


碧は、その滑稽な動きに、思わず腹を抱えて笑い出しそうになった。

一つだけ残った目を白黒させる怪物。

その炎が喉を伝って、腹のガスタンクに届くのは――もう時間の問題だ。


「ところで、教授。それ何を引きずってるんですか?」

碧は怪物から目を移し、時貞の手元に目をやる。


「これ? そこの転がっていたので、監督の腕にちょうどいいかなって。

 ……あっ、右腕だった。失礼!」

龍信も振り返って、それを見た。


「いや、それ俺の残ってる方!」


二人が笑いかけた、その瞬間――


――ズゴォンッ!!


爆音。

地面が揺れ、三人は思わず膝をついた。


振り返ると、まるで巨大な熊のぬいぐるみが、石壁に貼り付いたような姿で燃えている。

――その腹は真っ二つに裂けていた。


白煙が、空へまっすぐ昇っていく。

その白を見上げながら、三人は言葉もなく、プレハブの方へと歩いていった。


「何なのよ! 今の音、一体どういうこと!?」

一織が窓から身を乗り出し、こちらへ歩いてくる三人に声をかける。


その声に気づいた時貞が、ふいに顔を上げ、一織の方を見た――と、その瞬間。


開け放たれた窓から、

一織の頭のすぐ上を、かぶと虫のヨネ松くんが脱走して、空へ高く飛んでいった。


諏訪湖の空が、ゆっくりと明けていく。

今日もまた、湖の上には、分厚い雲が、静かに垂れ込めていた。


――◇――


【バトルロワイヤル戦況ログ/最終報告】


<記録時刻> 午前5時30分 ――戦闘終了。


長きにわたる“獄禍(GOKKA)”との交戦は、ここに終息した。

中庭の炎は消え、風が灰を運んでいる。

残ったのは、夜明けと、生き残ったわずかな息遣いだけだった。


――◇――


■ 生存者:4名

あおい:中庭にて交戦終了。

 左肩脱臼、左腰および左足打撲。

 意識明瞭、行動可能。精神疲労強。


龍信りゅうしん:中庭にて交戦終了。

 左腕喪失、右大腿部貫通創。他裂傷および打撲多数。

 意識明瞭、歩行困難。現場確認作業を継続中。


時貞ときさだ:中庭にて交戦終了。

 腹部裂傷。応急処置により出血停止。

 軽度の意識混濁あるも、自力行動可能。


一織いおり:無傷。

 建物内にて待機、外部との接触無し。


――◇――


■ 負傷者:3名

・翔太/源次/日向

 湖畔および解剖室内にて重体。意識なし。

 止血処置済み。呼吸微弱。生命反応維持中。


――◇――


■ 死亡者:23名

・チャンネル9撮影班:風見麟太郎(死亡)

・田辺研究所:田辺博士・丹波助手(死亡)

・水篠物産:東峰・林・山本(死亡)

・長野県警:金田・斉藤(死亡)

・賀寿蓮組:彗(左腕切断および腹部損壊による死亡)

・賀寿蓮組:その他作業員14名(全員死亡)


――◇――


■ 獄禍(GOKKA)個体データ

・個体A:死亡

 腹部破壊を確認。活動停止、再生兆候なし。

・個体B(石箱由来個体):死亡

 腹部破壊を確認。活動停止、封印確認済み。

・その他個体:無し。

 異常波動および生命反応なし。


――◇――


【追記】


中庭は現在、白煙と焦げた鉄筋の匂いに包まれている。

生存者の間に会話は少なく、風音と鳥の声だけが残っている。


――記録終了。

(記録者不明/自動記録端末 No.25 より抽出)

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