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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第2話 鉄の悍馬に跨る黒い戦士

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【2】 防壁一枚、聞き覚えの声

碧が麟太郎に連れられてきたシャワー室は、

駐車場からプレハブ本部棟を抜けた先――その左手にある作業員宿舎の中にあった。

ここには現在、龍信たちを含めて、賀寿蓮組(がじゅれんぐみ)作業員十八名が寝泊まりをしている。


扉を開けた瞬間、むわっとした熱気が押し寄せる。


「くっさぁ……なにこれ、男の墓場?」


汗と洗剤と鉄の匂いが混じり合い、

まるで“働く男の煮込み汁”のようだった。


碧は鼻をつまみ、恨めしそうに麟太郎を睨んだ。


宿舎の内部は“男だけの棲み処”そのもの。

左右に二段ベッドが並び、床には脱ぎ散らかした作業服。

コンビニ袋、飲みかけの缶、年季の入った漫画雑誌、

そして表紙がめくれたままのグラビア本まで転がっている。


空気はよどみ、体臭が染みついていた。

高い天井と無骨な蛍光灯が、体育館の裏部屋のような印象を強める。


「我慢してください」

麟太郎は涼しい顔で進む。

碧は鼻を押さえながら、バッグを引きずるようにして後を追った。


乱雑に積まれた洗濯カゴや工具をよけ、

ベッドの間をすり抜けて歩くと――一番奥にシャワー室があった。


ドアを開けると、簡素な脱衣所。

壁際にはスチール製のロッカーが並び、

床一面には木の簀の子。

その奥に、六つのシャワーブースが整列していた。


「じゃあ外で待ってます。十五分くらいでお願いします」

碧が着替えをロッカーへ移すと、バックを手渡した。

麟太郎は、それを抱えたまま退室する。


「絶対、誰も入れないでよ!」

碧は顔を出して念押しした。

彼は片手をひょいと挙げ、背を向けていった。


碧は靴を脱ぎ、簀の子に裸足をのせる。

衣服をロッカーに収め、カチャリと鍵をかける。


殺風景なプレハブ造りの脱衣所。

壁の薄さが妙に気になる。

(……落ち着かない)


タオルを胸元に巻きつけ、

碧は一番奥のシャワーブースへ。


蛇口をひねる――

勢いよく冷水が飛び出した。


「ひゃっ!」


肩をすくめて飛び上がる。

すぐに温水に変わり、蒸気が立ちこめた。


――◇――


シャワーの音が響くころ、外では――

麟太郎が、煙草に火をつけようとしていた。


――そこへ声が飛ぶ。


「風見さん、ここでしたか。局長が呼んでます、チャンネル9の控室で」


振り向くと、現場担当の局スタッフが立っていた。


「局長が……?」

「急いでください。全体ミーティングまで、あと三十分切ってますから」


「……わかった。じゃあ、君、ちょっとここにいてもらえる」


麟太郎は碧のバッグを抱えたまま、中庭を駆け抜けていった。


――◇――


そのとき――


プレハブの建物の中から、麟太郎とは入れ違いに、

龍信と若い作業員ふたりが出てきた。

彼らは並んで歩きながら、作業員宿舎の出入口に向かってくる。


「うっス! ……何してるんスか? うちらの宿舎の前で」


にきび顔の小柄な青年――吉田 彗(よしだ さとし)が声をかける。

胸に抱えたヘルメットが光を反射した。


「いや、“ここにいろ”って言われただけで……」


局スタッフは苦笑し、曖昧に肩をすくめる。


その横を、龍信が黙って通り過ぎる。

目は前を向いたまま、だが横目でちらりとスタッフを一瞥していた。

その背後で、彗と翔太は、碧が入ったプレハブ本部棟の方向へ名残惜しそうに振り返った。


宿舎に入ると、龍信は、自分の荷物が置かれた場所へと歩いていった。

後ろでは、彗が入口そばの下駄箱の下に、ヘルメットと黒い皮手袋をガサリと放り込んでから、その背を追いかける。


「あと何分だ?」

「二十五分っス!」


「なら、シャワーぐらいは浴びられるな」

龍信はバッグから着替えを引き抜く。


「ええ。でも急いでくださいよ。

 今日は全体ミーティングに、メインスポンサーの水篠会長も来ますから」


答えたのは、痩せた体格で背の高い若者――森川 翔太(もりかわしょうた)だった。

ひょろっとした身体を小さく縮めながら、気遣うような声を添える。


龍信は、着替えを手にシャワー室へ歩き出した。

彗と翔太も、その後にぴたりとついていく。


――◇――


「若、白鳥碧さんとは、どこで会ったんスか?」

にきび面の彗が、ニヤニヤしながら訊いた。鼻の下はのびきっている。


「碧さん、めっちゃいい匂いしてましたよね。しかも、めちゃ綺麗っス」

翔太も目を細める。


龍信は脱衣所のドアを開け、くるりと振り返った。


「誰それ?」

素っ気なく首を傾げる。


その一言に、二人はズコッと肩を落とした。


「さっき入り口にいたじゃないスか! 白いミニワンピの……女神っスよ!」

翔太があわてて補足する。


「ああ、あれか。……で? あの女がどうかしたか?」

龍信はロッカーの前に立ち、革ジャンを脱ぎながら気のない声を返した。


「マジですか。若、テレビ見なさすぎっス……碧さんって、俺らの世代じゃ超ど真ん中の人気者ですよ」

彗が嘆息まじりに言い、龍信の作業着をロッカーに押し込む。


「お前、いくつだっけ」

「二十っス! この前、誕生日で!」


「へえ……そんなに人気あるんか。お前らの世代には」

龍信は無造作に革ズボンのベルトを外す。


――カシャン。


鈍く重いバックルの金属音が、脱衣所の薄い壁を貫通した。


彗と翔太は、簀の子に腰を下ろし、左右から龍信のブーツの留め金を外した。


――◇――


(ちょっと、どういうこと!?)

驚いたのは、シャワー室にいた碧だった。


(……うそでしょ? なんで“あの男”がここにいんのよ!?)


聞き覚えのある声。

しかも――見張りの麟太郎は、どこ行ったの!?

倒されたとか、そういう展開じゃないでしょうね!?


そして、よりによって今の私は。


扉一枚の向こうで、素っ裸だった。


(……頼むから、誰もドア開けないでよ)

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