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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第15話 遅れて来た道化師

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【5】 終幕の鉄檻とバーナーを持つ者

碧が顔を上げた。

その瞬間、心臓が跳ね、全身が凍りつく。


――怪物が、まだ生きていた。


剥き出しの牙が低く唸り、わずかに動く右腕が、鉄筋の檻をギシリと揺らしている。


「大丈夫ですよ。僕が、ちゃんと動けないようにしましたから」

時貞が落ちついた声で、頼もしそうに言った。


「そう簡単には、めり込んだ鉄材は抜けませんよ。

 今、監督を助けたら、ぼくがトドメを刺しますから、ちょっと待っててください」

いつも調子のいい男であった。


碧は、時貞の言葉を聞きながら、ふと二人の姿に目をやる。

脚に突き刺さった鉄筋一本に苦戦する男たち――そして少し横に、檻のような鉄筋に絡め取られた怪物がいた。


交差した数十本の鉄筋が、怪物の腹をなぞるように滑り、背後の石壁に深くめり込んでいる。

このまま全てを引き抜けば、きっと壁には怪物のシルエットが、切り取り線のように残るだろう。


怪物は、わずかに動く右腕を揺らして暴れ続けていた。

碧と目が合うと、まるで野犬のように牙を剥き出しにする。


「――はい、切れましたよ」

時貞の声にあわせて、龍信の浮かせていた右足がわずかに下がった。

鉄筋の切断面が真っ赤に焼け、熱が周りの空気を歪ませている。


「熱いから、ちょっと水でも汲んでき――」


――ジュユユ……!!


龍信は、切断された鉄筋の石壁側をそのまま右手で握ると、何のためらいもなく、それを一気に引き抜いた。

焦げた肉と血の臭いが、鼻をつく。


「ちょ、いや! 何て人ですかあなた!」

時貞は驚きの声を上げた。

龍信は鉄筋を捨てると、片足でぴょんぴょんと後ろにしゃがみ込む。


龍信は、自分の黒いシャツを裂いて、傷口に巻こうとした。

だが、片腕ではうまく結べない。


そのとき――

彼の右手に、そっと別の手が重なった。

碧の右手だった。


言葉はなかった。

二人の右手が協力して、龍信の太ももを裂いた布でぎゅっと締め上げる。

鮮やかな黒が、血に濡れて深く沈む。


「……なるほど。そういうことですか」

その様子を見ていた時貞が、ぽつりと呟き、満足げに頷いた。


「男は潔さが肝心ですよね。……さて、と」

彼は手に持ったガスバーナーの火を、カチリと止めた。


「……相当、危険です。二人とも、少し下がっててください」


時貞は、二人が前に出ないように片手を伸ばして制した。

龍信と碧が同時に顔を向けた。

そして静寂の中、時貞がひとり前に出る。


「天と地の皆において――!」


いきなり腰に手を当て、諏訪湖の夜明け空を仰ぎ見た。

……その角度、どう見ても駅の売店で牛乳を飲み干すサラリーマンと同じである。


「今ここに甦れし、ジャッカルーー!!!!」


右手を、(おぼろ)な月に向けて高らかに翳す。


地面に映るその影が、徐々に黒豹のシルエットに変化し――

親指と人差し指の間が口になり――


――てな事には、当然ならなかった。


「教授!」龍信が即座に首を振る。


「……いい加減にしてください!」

碧が顔をしかめて睨む。

時貞は――また叱られた。


「あはは、冗談ですよ。ギャグ、ギャグ」

そう言いながら、時貞はバーナーを掲げ、ゆっくりと怪物に向かって歩き出す。


「じゃあ、いきますからねー!」


時貞は、動けぬ怪物の鼻先にバーナーを構えた。

火はまだ点けていない。

それでも、バーナーの先端をぴょこぴょこと怪物の左目のあたりで小突く。


「ほれ、ほれ」

その挑発に、怪物の体は固定されたままだが、顔だけは左右に激しく揺らした。

牙を剥き、唸るような低い咆哮。


時貞の顔を、怪物は覚えている――右目を潰された因縁は、決して忘れていない。

そして今、その最後の左目が目前のバーナーに脅かされている。


「うぉーーりゃーっ!」


時貞がバーナーを振り上げた。

怪物は反射的に顔を逸らし、目を庇うように頭を背ける――その瞬間だった。


「んてねっ!」


ひょい、と軽い声。

振り上げた腕が返され、今度は逆に、腹の下から力いっぱいにバーナーを突き上げる!


ズブッ――ブシュッ!


バーナーの先が、龍信が薄く破った下腹の裂け目に突き刺さる。

と、その時、腹の中で何か潰れたような音がした。


「……よし」


時貞が呟くと、すぐさま近くのガスボンベへ駆け寄った。

コックを思い切り捻る。


ブシューッッ――。


甲高い音とともに、ガスが勢いよく流れ込む。

腹に突き刺さったバーナーの隙間からは、詰まっていたゼリー状の粘液が押し出されるように溢れ出した。

代わりに、怪物の体内は急速にガスで満たされていく。


鼻先でそれを見届けながら――


「……フルーツゼリーかよ」


時貞はそう呟いて、にやりと笑った。


――グギャゥオオオッ!!!


怪物が、最後の力を振り絞って咆哮した。

拘束された身体を震わせながら、時貞に向かって突進しようとする――

だが、わずか数センチ、体が軋むだけだった。

鉄筋の檻はびくとも動かない。


「さ、行きましょうか」

と、時貞が涼しい顔で声をかける。


龍信と碧は、どちらともなく寄り添いながら歩き出した。

足を引きずる龍信の肩に、碧の手がそっと添えられている。


その背に続いて、時貞は足元から何かを拾い上げた。

――それを片手で引きずるように持ち上げ、のんびりと歩き出す。

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