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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第15話 遅れて来た道化師

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【1】 砂漠から来たもの、三つ目の願い

―――一週間後。


県内屈指の高級総合病院。

その中庭には、精緻に手入れされた深い緑が広がっていた。

樹齢百年を超える楠の木々がやわらかな木漏れ日を落とし、

白砂の敷かれた小径を歩けば、まるで高級リゾートの庭園を散策しているような気分になる。

涼を呼ぶ人工の小川には優雅に錦鯉が泳ぎ、蝉の声さえ、どこか遠くで控えめに響いていた。

空調の効いたガラス張りのエントランスホールには陽光が差し込み、ゆったりとした時の流れを演出している。


一方、重厚な門構えの正面玄関前には、ひときわ大きな人だかりができていた。

取材陣に混じって、花束やプレゼントを手にしたファンたち。

受け取ってもらえるはずもない贈り物を携えた彼らは、立ち入り禁止ラインの外で、ただ待ち続けていた。


病院の利用者に迷惑がかかることから、所轄の警察官十数名が動員され、

病院周囲にはロープが遠巻きに張られ、厳重な規制が敷かれていた。



「ロレンスは昔、砂漠に棲んでいたんだ」

その第二特別病棟の豪華な個室で、男は電動ベッドを少し起こしながら、ゆるやかに語り始めた。


「ある日、ロレンスは恋をした。それは叶わぬ恋だった。

 毎晩、ロレンスは群れから外れ、砂漠の空を見上げては、ため息をついていた。

 白い体に、まっすぐな長い角をもつロレンスが、恋をした相手は――

 頭上に浮かぶ、大きな丸い月だった。

 ロレンスは張り裂けそうな想いで、何度も手を伸ばした。

 けれど、その手が届くことはなかった」


男のベッドの傍らで、白衣を着た看護婦が静かに耳を傾けていた。

椅子に腰をかけ、彼の彫りの深い西洋風の顔を見つめながら。


男は、電動ベッドに、斜めに横たわった姿勢で話を続けた。


「砂漠をラクダに乗って通りかかったとき、ロレンスは何も食べず、やせ細っていた。

 このままでは、きっと死んでしまう――そう思った。

 だから、わたしは……」


「なんで、砂漠に?」


白衣の天使は、首を傾げて微笑んだ。


「それは、数日前のこと――

 わたしは、砂漠の洞窟に“魔法のランプ”があると、ある蛇使いの男から聞いた。

 その男は笛を吹いて、篭から蛇を出して見せることで、旅人や吟遊詩人から金をもらい、暮らしていた。

 その男の左目は、白く濁り、見えているようには思えなかった。

 篭から出た蛇は、えらの張った猛毒のコブラだった。

 ――その男は言った。

 三百ゴールド払えば、洞窟への道を教えてやる、と。

 わたしは、男に金を払った」


ベットに横たわる男は、自分の物語の世界に静かに浸っていた。

白衣の天使は、黙ってその語りを聞きながら――

ただ、男のあまりに美しい顔に見とれていた。


「わたしが洞窟から、魔法のランプを盗み出すと――

 盗賊たちが、空を飛ぶジュウタンに乗って追ってきた。

 わたしは、男らしく剣を取って応戦した。

 ……だが、敵の数があまりにも多すぎた。

 わたしの左腕は、切り落とされてしまった」


そこまで語って、男はふと話すのをやめた。

わずかに首を動かし、様子を窺う。


白衣の天使は、椅子に腰かけたまま、

まるで夢を見ているかのように――うっとりと、男の話を聞いている。


「わたしは、逃げた。

 深紅のターバンを巻き、

 目元には金糸の刺繍を施した仮面をつけていた。

 乾いた風が常に吹きすさび、

 昼はサソリが地を這い、

 夜には星々が、地上よりも近く見える――

 そんな丘を越えて、

 どうにか盗賊たちから逃げ延びた。

 そして――その旅の果てで、

 わたしはロレンスと出逢ったんだ」


男は、静かに目を閉じた。


「その、“三度の願い”を叶えるという魔法のランプは――

 前の持ち主が、すでに二度の願いを使い果たしていた。

 残された願いは、あと一度きり。

 わたしは、悲しげな顔をしたロレンスを、そのまま見捨てて通り過ぎることが、どうしてもできなかった。

 せっかく命がけで奪ったランプだった。

 使える願いは、あと一度しか残っていない。

 ……それでも、わたしは迷わなかった。

 それでランプを擦ったんだ。」


男に視線が遠くへ移る。


「すると、色黒で、小太りな魔人が現れた。

 ターバンを巻いて、香辛料の匂いがした。

 わたしは願った。

 ロレンスを――わたしの左腕に変えてくれ、と」


白衣の天使は、男が翳して見せた左腕を、そっと見つめた。


「その時から、ロレンスは、わたしの左腕になった。

 ……けれど、それによって、大変な問題が起きたんだ」


「大変な問題……?」


「ああ。ロレンスは、あの砂漠で恋した“お月様”を、いまも恋しく思っている。

 だから言うんだ。

 “お月様を、この腕に抱かせてほしい”――とね」


男は、そこでふと話を止めた。


ゆっくりと顔を動かし、

座っている白衣の天使の腰のあたりへと、首を傾げて視線を落とした。

鼻の下が――伸び出していた。

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