表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第14話 空を飛んだ怪物と女騎士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/84

【3】 微笑みの代償は、地獄からの刹那

碧は背中を向けて、工事用具が並ぶ棚の上を手探りで物色していた。

その奥に、誰が着ていたのかもわからない作業着の上着が、くしゃりと丸められて置かれていた。


彼女はそれを掴み、ためらいもなく袖を通す。

長い髪を背中に流しながら、少しだけ襟元を立てた。

ミニ丈のワンピースは肩が大きく開いており、肌が露出している。

もう手遅れかもしれないが――これ以上、素肌に傷を増やしたくなかった。


胸元に縫い込まれた刺繍が目に留まる。

賀寿蓮組(がじゅれんぐみ)」――その文字を見て、碧はふと、どこか強くなれたような気がした。


「うわ、碧さん、何着ても似合ってるっス。なんか、どこかの総長みたいっス」


翔太が目を丸くして見上げながら、嬉しそうに頷く。

碧は軽く微笑み返すと、再び棚へと視線を戻した。下段の金属製ツールボックスを開け、中に入っていたペンチやレンチの隙間から、《《ある物》》を見つけ出し、無言で作業着のポケットに滑り込ませる。


その瞬間――


「あっ!」

碧が何かを思い出したように声を上げた。


「えっ、なに!?」

翔太は反射的に一歩後ずさり、碧の背後に隠れるように回り込んだ。


「どうしたの?」と、碧が怪訝そうに後ろを振り返る。


「い、いや、今の声……また何か“出た”のかと……」


「違う違う。大事なことを思い出しただけよ」


「……?」


「近くの民家に行かなくても、連絡手段があったの。私、すっかり忘れてたわ」


「でも、連絡手段って……。宿舎の電話と、東峰部長の携帯はもうどっちもダメっスよ?」


「いえ、まだ一台、残ってるのよ。私の車の――自動車電話」


「おおおっ!」

翔太は思わず両拳を握りしめて、ガッツポーズを決めた。


「車の(キー)は、部屋のバッグの中よ。……これで、やっと警察と救急車を呼べるわね」


碧の頬に、ほんの少しだが明るさが戻ってきた。

一息ついて、ようやく全てが終わった――そんな安堵が滲む。


「これで、本当におわ……」


翔太が、これまで何度となく口にしたフレーズを呟きかけたそのとき――


「待って、それ言わないで!」


碧が慌てて遮った。


「それ、呪文みたいにフラグ立つから。

 毎回、呼んでないのに勘違いした奴が元気に復活してくるじゃない」


「……ああ、確かに。もう番狂わせの復活は勘弁っスよね……」


翔太が苦笑しながらも、不安そうに碧の横顔を見た。


「こっちに来る途中で、穴から覗いたときは、大きな石の下敷きになってたけど……」


碧が言いながら、亀裂の入った石壁を指さす。

翔太も視線を辿り、まだ炎と黒煙を立ち昇らせている石箱をじっと見つめた。


碧は左足を引きずりながら、作業員宿舎に面した石壁へと歩を進めた。

翔太も、少し距離を空けながらその後ろについてくる。


いくらあの怪物がしぶとくても、この高さ三メートル半の壁を飛び越えて襲ってくるとは思えなかった。

それでも、警戒は抜けない。


「碧さん、足……大丈夫っスか」

「ええ、もう自分のじゃないみたいだけどね」


翔太は、その傷だらけの脚を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「……でも、綺麗っス」


「え?」


「脚――綺麗っス」


碧は振り返り、微笑んだ。その笑みには、疲れと優しさが同居していた。

翔太は照れ笑いを浮かべ、頭を掻いた。


「翔太くんも、よく頑張ったわね。すごく勇敢だったわよ」


碧の声は、姉のように穏やかだった。

翔太は下を向き、太ももに滲んだ赤いシミを慌てて隠した。



碧は石壁に辿り着くと、間隔を空けて開けられた小さな丸穴のひとつを覗き込んだ。

そして、突然。


「――えっ、ええええっ!!」


鋭く叫んだその声に、翔太は心臓が止まりかけ、腰を抜かしそうになった。


「……ちゃってね」


碧が悪戯っぽく笑って振り返る。


「ほら、ここ」


穴の奥を指差す碧に、翔太は半信半疑のまま、そろりと石壁に近づいてきた。

壁のあちこちには、爆発の衝撃で走ったヒビが深々と刻まれている。


翔太は、ごくりと唾を呑み、壁に手をつきながら、丸穴の奥をそっと覗き込んだ。


――見えた。


ダンプカーが燃え盛り、炎と黒煙の向こうに、瓦礫に埋もれた怪物の姿があった。

崩れた石蓋の破片、そして倒れかかった鉄骨クレーンが、怪物の左腕から上半身にかけて、容赦なく圧し潰している。


爪のある片腕だけが、かろうじて露出していた。

だが、それ一本で、この瓦礫の山をどけることは――いくらあの怪物でも、さすがに無理に思えた。


翔太はしばらく黙って、その光景を見つめていた。


……怪物の腕は、ピクリとも動かなかった。


翔太はようやく顔を戻し、振り返って言った。


「碧さん、本当に……やったっスよ。俺たちが!」


満面の笑み。碧も破顔して頷いた。


――あら、あら。ついに言ってしまいましたか、その《《不吉な呪文》》。


「そうね……じゃあ、部屋に戻って車のキーを――」


胸の奥で、ようやく“恐怖”という単語が消えかけた、


その瞬間――


ガシャアアアアアンッ!!!


大地が裂けるような衝撃。

石箱の側壁が、内側から爆ぜた。

空気が膨張し、破片が弾丸のように四方へと散る。


背を向けていた翔太は、飛来した石の塊に押し潰され、うつぶせに地に叩きつけられた。

額から血が流れ、指先がかすかに痙攣していた。


碧も、破片の一撃を受けて、小さな悲鳴とともに地面に崩れ落ちた。


……ああ、やっぱり。翔太が、あの言葉を言ったせい、だったのかもしれない。


「翔太くん! 翔太くん!」


震える手で地面を押さえ、ぐらつく体をなんとか支える。

血混じりの息を吐きながら、碧は立ち上がった。

そして、左足を引きずりながら、プレハブの建物へと駆け出す。


「翔太くんっ……!!」


叫び声は、震え混じりに掠れていた。

碧は走りながら、必死に名前を呼んだが、翔太は微動だにせず、意識はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ