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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第14話 空を飛んだ怪物と女騎士

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【2】 燃える箱と、終わりのはじまり

――ドゴンッ!!!


大地の底から拳で突き上げられたような衝撃。

解剖室の天井が唸り、窓ガラスが一斉に破裂した。


「な、なんだ……!?」


怪物の右腕を取りに来ていた龍信は、反射的に、倒れている時貞を庇うように覆いかぶさった。

右腕で自分の頭を抱え込み、肩で衝撃を受け止める。


外の闇が、一瞬、真昼のように白く光る。

そして――爆風。


倒れたまま振り返ると、

窓の外――中庭の彼方で、

炎が、夜空を噛み砕くように立ち上がっていた。



しばらくして。

碧は、焦げた空気の中で顔を上げた。


熱風の余韻がまだ肌を刺す。

それでも、彼女はゆっくりと立ち上がり、

左足を引きずりながら、燃えさかる石箱へと歩み寄った。


かつて重々しく蓋をしていた巨大な石板は崩れ、

今では、箱の中で砕けた石の破片と化している。


中央には、横倒しになったダンプカー。

助手席の燃料に引火した炎がまだ激しく揺らめき、

黒煙が夜空を赤黒く染めていた。


高さ三メートル半――封印のはずの箱は、もはや表面には深い亀裂が走り、崩落寸前。


碧は、箱の側面へと視線を移した。

そこには、等間隔に並ぶ丸い穴。

封印作業の際に、水中ドリルで開けた、ワイヤーを取り付ける鉄杭の穴だ。


ひとつ、またひとつ。

碧は、足を引きずりながら覗き込んでいく。


そして、三つ目の穴で――彼女の呼吸が止まった。


「……いた」


燃える炎の向こう、

うつ伏せに沈黙する巨大な影。


怪物の下半身――

異様に太く歪んだ脚が、炎の明滅の中に浮かび上がっている。

その片足にはワイヤーが喰い込んでいた。


上半身は崩れた蓋の瓦礫の下。

左腕は、倒壊したクレーンに押し潰されて動かない。


(……終わった、の?)


碧は小さく息を吐き、

炎の熱を避けるように石箱の――建物側へと回り込んだ。


石箱は全長およそ二〇メートル。

その長さを、彼女は足を引きずりながら裸足で歩いた。

破れたストッキングが足に絡み、泥まみれになっている。

傷だらけの肌にひんやりと風が触れ、学生時代の陸上部の鬼のようなシゴキを思い出した。


(――ひどい格好。ほんと、誰にも見られたくない)


泥と血で固まった髪に触れながら、

碧はふと、ぽつりとつぶやく。


(シャワー……まだ使えるかな)


視線を上げると、

箱の上では、まだ炎が風に舞っていた。


砕けた窓ガラス越しに映る自分の影が、

建物の壁を揺らしていた。


空を仰ぐ。

東の空が、墨を薄めたように白んでいく。



宿舎の脇までたどり着くと、碧は膝に両手をつき、肩で息をした。

(ハァ、ハァ……)


採集質でブルドーザーから飛び降りた際に強打した、

左腰と脚が、じんじんと痺れている。

左半身の感覚は、ほとんど無かった。


その場に立ち尽くしながら、ふと視線を向けた先――

宿舎の裏手、工事用具を収納している小さな物置の陰に、人影があった。


「翔太くん……?」


碧は足を引きずりながら、ゆっくりと近づいた。


翔太は、物置に背を預けてしゃがみ込み、両腕で頭をかばっていた。

全身が震えているように見えた。


ガラスの破片と石蓋の欠片が足元に散らばっている。

爆風の凄まじさが、そのままそこに残っていた。


碧はそっと膝をつき、肩に手を置いた。


「翔太くん」


軽く揺すると、翔太が目を開けた。

「……あっ、碧さん……」


「もう、死んでるのかと思ったじゃない。びっくりさせないでよ」


安堵の笑みが漏れる。

翔太も、かすかに笑って息を吐いた。


「碧さん……無事でよかったっス」


「ええ。ちょっと腰を打っただけよ」


「でも、すごかったっス。あんなスピードで飛び降りるなんて……男でも無理っスよ、あんなの」


「わたしは、男じゃないのよね」

碧は、冗談めかして微笑んだ。


「ああ、……そっスね……」

翔太の返した言葉の意味は、本人にもよく分かっていないようだった。


碧は苦笑しながら腰をかがめ、右手を差し出した。

ちょうどそのとき、長い髪が肩越しにふわりと翔太の顔にかかった。


「……いい匂いっスね」


「え?」


「碧さん、すっごく……いい匂いします」


「バカ」


碧は頬を染めながらも笑い、翔太の手を強く引いた。

翔太は泥を払い、立ち上がる。


「碧さん」


「なに?」


「怪物……死んだんスか」

翔太の顔が、ふと真剣になる。


「んん……たぶんね」

碧は視線を遠くに向け、曖昧な口調で答えた。

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