【5】 死地より、晒の中に眠る光
何かを感じて、龍信がふと後ろを振り返った。
石箱の中――ドロリとしたセメントの上に何かが見えた。
ブルドーザーの陰になって、はっきりとは見えなかったが、微かに人影のようなものが揺れていた。
龍信は静かに歩み寄り、箱の隅――石蓋がまだ少しだけ残っているその下に身を屈め、覗き込んだ。
「……源さん!」
そこには、胸までセメントに浸かったまま、上半身をわずかに起こした形で、源次がいた。
目を閉じ、動かない。
「嘘だろ……!」
龍信は、思わず石蓋に腹這いになり、右腕を伸ばして源次の体を掴んだ。
彼の腹には、即席の鎧――軽トラックのドアが巻き付けられていた。だが今は、その端が外れかけている。
龍信はそれを引き剥がすと、勢いよく箱の外へ投げ捨てた。
転がる鋼鉄のドア――そこには、怪物の爪によるものか、中央に丸く貫かれたような穴が空いていた。
「くそっ……!」
龍信は源次の脇の下に腕を差し込み、右腕に全身の力を込めて引き上げた。
セメントに沈んでいた源次の脚が、ゆっくりと、ぬるりと姿を現していった。
龍信は、源次の体を、残っていた石蓋の上へと引き吊り上げた。
源次が着ている、胸に「龍信」と名前の刺繍がある作業服は、灰色のセメントで固まりつつあり、ぼろぼろだった。
「……えっ?」
と、龍信は、源次の頚動脈に手を当てて驚いた。
「若っ……」
かすれた声と共に、源次がゆっくりと目を開けた。
乾いた唇が動く。
「……わしを、勝手に殺さんでください……」
「源さん……!」
龍信の目が見開かれた。
先ほど投げ捨てた軽トラックのドアが視界の端に映る。
真ん中に、ぽっかりと丸い穴――怪物の爪が貫いた痕。
あの爪に突かれて、生きているはずが――
「どうして……」
思わず、呟いた。
いくら腹筋を鍛えていようが、鉄を穿つような爪を受けて無事なわけがない。
「まさか源さん、ゾンビじゃ……」
龍信が呟くと、源次がうっすらと目を開けて言った。
「若、アホなことを考えてないで、おれの腹の、晒の中を。……注意してくださいよ。下手に触ると指が飛びますから」
その声に従い、龍信は作業服の前を開け、汚れた晒をそっとめくった。
「……これは?」
晒の中から、薄くて鋭利な“それ”を、龍信は注意深く摘み上げて、セメントの上へ投げ落とした。
「あのとき、田辺博士が一枚剥がしたもので、若が素手で怪物と戦っているときに、晒しの中に」
源次の声はか細いが、確かな意志がこもっていた。
龍信は膝をついて、源次の頭を右腕で抱えた。
「……ってことは。その“爪”で、奴の装甲を――切り裂ける、ってことか?」
源次は微かに頷いた。
「ええ。おれがもう一体の怪物の死骸を持ち上げて、ぶつけたとき……そいつの一振りで、腹を真っ二つに裂いたんです。……」
龍信の視線が、セメントの上に転がる一枚の鋭い爪に移る。
「でも……あれをつかんで振り上げたら、こっちの指が先に飛ぶ。……どうにも、うまい方法が見つからなくて……ごほっ、ぐふっ……」
源次が苦しげに咳き込み、唇の端から血をこぼした。
龍信は目を細めながら、源次の身体を改めて見下ろす。
怪物の爪による貫通は避けたようだが、肋骨は折れ、内臓もいくつか潰れている――そんな感触が伝わってきた。
「もう喋るな。あとは俺に任せろ」
そう言って、龍信は源次の肩をそっと押さえた。
「若……気ぃつけてくださいよ……」
「わかってる。……で、その“爪”を剥がした腕は?」
龍信の問いに、源次は力なく、指を解剖室の方へ向けた。
龍信は頷くと、源次の頭をゆっくりと石蓋の上に横たえた。
源次の目が、無言で龍信を見ていた。
―――おれがカタをつけてやる。
龍信の目がそう言っていた。それを見て、源次がかすかに微笑んだ。




