【1】 発掘現場へ、そして迫りくる影に
駐車場の中央――黒ずくめの大男は、無言でバイクを降りた。
そのまま――ゆっくりと歩き出す。
(こんな所まで追いかけてくるなんて……どんな神経してんのよ)
理解不能。
まるで映画のワンシーンだ。
報道車にいたスタッフたちもざわめき、振り返る。
その視線が、一点に集中する。
――黒。
漆黒のライダースーツ。
フルフェイスのヘルメット。
その歩みは、重機の如く揺るがない。
泥に濡れた地面を踏むたび、彼の黒いブーツが異様に大きく響いた。
動きはゆっくりなのに、迫力は異常だった。
周囲の喧騒が、すっと遠のく。
他の男たちはバイクに跨ったまま。
だが全員が、エンジンを切り、静止していた。
その沈黙は……まるで儀式のようだ。
――◇――
碧はバッグを抱え、小走りに駆けた。
水たまりを避けながら顔を上げると――
プレハブの入口から、麟太郎が出てくる。
その隣には、屈強な大男。
碧の目には、それが――スーパーマンに見えた。
(勝ったわね、これ)
振り返る。
黒尽くめの男が、一直線に歩いてくる。
表情は読めない。
だが、その存在感だけで圧があった。
(ばっかじゃないの。こっちには味方が山ほどいるんだから!)
碧はにやりと笑い、麟太郎に手を振った。
――◇――
「碧ちゃん、シャワーはあるよ!」
麟太郎が叫ぶ。
碧は立ち止まり、すぐに背後を振り返った。
まだ歩いてくる――黒ずくめの男。
(なんなの、ほんとに……)
「碧ちゃん、こちらが現場の責任者の源さん」
麟太郎が紹介した。
分厚い胸板。
どっしりした肩。
立派な口髭に、一文字の太い眉。
だが、小さな目には人の良さがにじむ。
羅生門源次。三十六歳。
家族は岩手県の実家で暮らし、小学生の双子の娘を溺愛する父親。
今回の発掘工事を一手に仕切る、建設会社『賀寿蓮組』の現場責任者だ。
碧は思わず見とれた。
(こっちの方が黒ずくめより、デカくて強そうじゃない)
源次は言った。
「シャワーなら作業員宿舎の奥だ。勝手に使ってくれや」
ごつい風貌に似合わない優しい口調。
語尾に混じる、ほんの少しの東北訛り。
(……やっぱりいい人!)
(しかも“現場のボス”ってことは、最強でしょ!)
碧は心の中でガッツポーズを決めた。
この人が「やれ」と言えば、若い作業員たちが全員走ってくるはず――そう思うだけで、心強さが胸に広がる。
「あの男が……」
そう言って、碧は後ろを振り返った。
黒尽くめの男は、もうすぐそこまで歩いてきていた。
歩きながら、顎紐に指をかけて、ヘルメットを外そうとしている。
(……いよいよ来たわね。完全に臨戦体制じゃない)
だけど――こっちには髭のスーパーマンがいる。
味方も大勢。さあ、来るなら来なさい!
――◇――
碧は麟太郎の背中の陰に回りながら、源次の方へ視線を向けた。
……と。
(え? なになに?)
さっきまで“守護神”だったはずの源次が――
なんと、黒ずくめの男に向かって、……ぺこりと頭を下げたのだ。
(えええぇぇぇ!? 逆じゃん!? なんでそっちが下がるの!?)
「若、間に合いましたね」
源次が頭を上げて、にこやかに言った。
(――若?)
碧は麟太郎の背中で、思わず首をかしげた。
そのとき、黒ずくめの男が、ヘルメットを取りながら、ぶっきらぼうに口を開く。
「悪い、ちと遅れた。……準備、もう済んでるか?」
その声には、妙な威圧も芝居がかった調子もなかった。
「ええ、全て終わってます」
源次は上司に報告するように答える。
碧は置いてきぼりだった。
――◇――
黒尽くめの男は、無言のままヘルメットを脱いだ。
その男は、凛々しい狼のような瞳をもっていた。
ごつい手でオールバックの長髪をかき上げる。
額には汗がにじみ、二、三日剃っていない無精髭がごわついていた。
浅黒い肌。堀の深い骨格。
見る者を睨みつけるようなその顔に、碧は――ほんのわずか、息をのんだ。
(……うそでしょ。なんでこんな映画に出てくるみたいな顔の男が現場に……?)
碧は混乱していた。さっきまでただの不審者扱いだった男が、いま目の前で、“組織の中心人物”として立っている。
(このギャップ、なんなのよ……!)
その時、二人の作業員が駆け寄り、ぴしりと背筋を伸ばす。
「若。お帰りなさい!」
(また“若”?)
碧は麟太郎の背後から呟いた。
「あんた……誰なの?」
黒ずくめの男が碧を見た。
「やっぱり、あんただったか」
そう言って、ヘルメットを放り投げる。
若い作業員がノールックでキャッチした。
――◇――
「あんた、仕返しに来たんじゃないの?」
碧は警戒を解かない。
だが――
「はっはっは!」
男は、腹の底から笑った。
狼の目が、犬のように優しく変わる。
「この人……誰なんですか?」
碧は源次に聞いた。
源次はにやりと笑った。
「うちの若頭だけど」
「若頭?」
「ええ、賀寿蓮組の二代目――龍信さんっスけど」
にきび面の作業員が胸を張って言った。
賀寿蓮 龍信。二十七歳。
賀寿蓮組社長の長男にして次代を担う若頭。
源次は補佐役として、龍信の面倒を任されていた。
――◇――
「じゃあ……あそこでバイクに乗ってるの、暴走族じゃないの?」
碧が、不審そうに龍信の背後を指差す。
龍信は、首だけでちらりと後ろを振り返り、笑った。
「暴走族? ああ……あれは、俺を送ってきてくれた仲間たちさ」
そう言うと、バイクには目もくれず――
龍信は、背中を向けたまま、右手の拳を、静かに天に突き上げた。
その瞬間。
――ズドンッ。
地面が鳴った。
轟音。咆哮。空気が震える。
龍信の背後で、十数台のバイクが一斉にエンジンを吹かした。
怒涛の如くUターンし、爆音を残して国道へと消えていく。
鮮やかに、一台残らず。
――◇――
「若、お知り合いだったんですかい?」
源次が首をかしげる。
「ああ、ちょっと来る途中で……一緒に来た健太が、ついな」
龍信は苦笑し、碧を見やった。
「もう、いいわよっ!」
碧はぷんすかしながら麟太郎の袖を引っ張り、
バサッとバッグを肩にかけて、建物の中へとずかずか入っていった。
ぽかんと見送った源次の後ろから――
「若、何かあったっスか?」
にきび顔の横にいた、のっぽの作業員が首をかしげて聞いた。
龍信は困ったような顔をして、首を横に振った。




