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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第2話 鉄の悍馬に跨る黒い戦士

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【1】 発掘現場へ、そして迫りくる影に

駐車場の中央――黒ずくめの大男は、無言でバイクを降りた。

そのまま――ゆっくりと歩き出す。


(こんな所まで追いかけてくるなんて……どんな神経してんのよ)


理解不能。

まるで映画のワンシーンだ。


報道車にいたスタッフたちもざわめき、振り返る。

その視線が、一点に集中する。


――黒。


漆黒のライダースーツ。

フルフェイスのヘルメット。


その歩みは、重機の如く揺るがない。

泥に濡れた地面を踏むたび、彼の黒いブーツが異様に大きく響いた。

動きはゆっくりなのに、迫力は異常だった。

周囲の喧騒が、すっと遠のく。


他の男たちはバイクに跨ったまま。

だが全員が、エンジンを切り、静止していた。


その沈黙は……まるで儀式のようだ。


――◇――


碧はバッグを抱え、小走りに駆けた。

水たまりを避けながら顔を上げると――


プレハブの入口から、麟太郎が出てくる。

その隣には、屈強な大男。


碧の目には、それが――スーパーマンに見えた。


(勝ったわね、これ)


振り返る。

黒尽くめの男が、一直線に歩いてくる。


表情は読めない。

だが、その存在感だけで圧があった。


(ばっかじゃないの。こっちには味方が山ほどいるんだから!)


碧はにやりと笑い、麟太郎に手を振った。


――◇――


「碧ちゃん、シャワーはあるよ!」


麟太郎が叫ぶ。

碧は立ち止まり、すぐに背後を振り返った。


まだ歩いてくる――黒ずくめの男。


(なんなの、ほんとに……)


「碧ちゃん、こちらが現場の責任者の源さん」


麟太郎が紹介した。


分厚い胸板。

どっしりした肩。

立派な口髭に、一文字の太い眉。


だが、小さな目には人の良さがにじむ。


羅生門源次(らしょうもん げんじ)。三十六歳。

家族は岩手県の実家で暮らし、小学生の双子の娘を溺愛する父親。

今回の発掘工事を一手に仕切る、建設会社『賀寿蓮(がじゅれん)組』の現場責任者だ。


碧は思わず見とれた。


(こっちの方が黒ずくめより、デカくて強そうじゃない)


源次は言った。

「シャワーなら作業員宿舎の奥だ。勝手に使ってくれや」


ごつい風貌に似合わない優しい口調。

語尾に混じる、ほんの少しの東北訛り。


(……やっぱりいい人!)

(しかも“現場のボス”ってことは、最強でしょ!)


碧は心の中でガッツポーズを決めた。

この人が「やれ」と言えば、若い作業員たちが全員走ってくるはず――そう思うだけで、心強さが胸に広がる。


「あの男が……」

そう言って、碧は後ろを振り返った。


黒尽くめの男は、もうすぐそこまで歩いてきていた。

歩きながら、顎紐に指をかけて、ヘルメットを外そうとしている。


(……いよいよ来たわね。完全に臨戦体制じゃない)


だけど――こっちには髭のスーパーマンがいる。

味方も大勢。さあ、来るなら来なさい!


――◇――


碧は麟太郎の背中の陰に回りながら、源次の方へ視線を向けた。


……と。


(え? なになに?)


さっきまで“守護神”だったはずの源次が――


なんと、黒ずくめの男に向かって、……ぺこりと頭を下げたのだ。


(えええぇぇぇ!? 逆じゃん!? なんでそっちが下がるの!?)


「若、間に合いましたね」


源次が頭を上げて、にこやかに言った。


(――若?)

碧は麟太郎の背中で、思わず首をかしげた。


そのとき、黒ずくめの男が、ヘルメットを取りながら、ぶっきらぼうに口を開く。


「悪い、ちと遅れた。……準備、もう済んでるか?」


その声には、妙な威圧も芝居がかった調子もなかった。


「ええ、全て終わってます」

源次は上司に報告するように答える。


碧は置いてきぼりだった。


――◇――


黒尽くめの男は、無言のままヘルメットを脱いだ。

その男は、凛々しい狼のような瞳をもっていた。


ごつい手でオールバックの長髪をかき上げる。

額には汗がにじみ、二、三日剃っていない無精髭がごわついていた。


浅黒い肌。堀の深い骨格。

見る者を睨みつけるようなその顔に、碧は――ほんのわずか、息をのんだ。


(……うそでしょ。なんでこんな映画に出てくるみたいな顔の男が現場に……?)


碧は混乱していた。さっきまでただの不審者扱いだった男が、いま目の前で、“組織の中心人物”として立っている。


(このギャップ、なんなのよ……!)


その時、二人の作業員が駆け寄り、ぴしりと背筋を伸ばす。


「若。お帰りなさい!」


(また“若”?)


碧は麟太郎の背後から呟いた。

「あんた……誰なの?」


黒ずくめの男が碧を見た。

「やっぱり、あんただったか」


そう言って、ヘルメットを放り投げる。

若い作業員がノールックでキャッチした。


――◇――


「あんた、仕返しに来たんじゃないの?」

碧は警戒を解かない。


だが――


「はっはっは!」

男は、腹の底から笑った。


狼の目が、犬のように優しく変わる。


「この人……誰なんですか?」

碧は源次に聞いた。


源次はにやりと笑った。


「うちの若頭だけど」


「若頭?」


「ええ、賀寿蓮組の二代目――龍信さんっスけど」

にきび面の作業員が胸を張って言った。


賀寿蓮 龍信がじゅれんりゅうしん。二十七歳。

賀寿蓮組社長の長男にして次代を担う若頭。

源次は補佐役として、龍信の面倒を任されていた。


――◇――


「じゃあ……あそこでバイクに乗ってるの、暴走族じゃないの?」

碧が、不審そうに龍信の背後を指差す。


龍信は、首だけでちらりと後ろを振り返り、笑った。

「暴走族? ああ……あれは、俺を送ってきてくれた仲間たちさ」


そう言うと、バイクには目もくれず――

龍信は、背中を向けたまま、右手の拳を、静かに天に突き上げた。


その瞬間。


――ズドンッ。


地面が鳴った。


轟音。咆哮。空気が震える。


龍信の背後で、十数台のバイクが一斉にエンジンを吹かした。

怒涛の如くUターンし、爆音を残して国道へと消えていく。


鮮やかに、一台残らず。


――◇――


「若、お知り合いだったんですかい?」

源次が首をかしげる。


「ああ、ちょっと来る途中で……一緒に来た健太が、ついな」

龍信は苦笑し、碧を見やった。


「もう、いいわよっ!」


碧はぷんすかしながら麟太郎の袖を引っ張り、

バサッとバッグを肩にかけて、建物の中へとずかずか入っていった。


ぽかんと見送った源次の後ろから――


「若、何かあったっスか?」

にきび顔の横にいた、のっぽの作業員が首をかしげて聞いた。


龍信は困ったような顔をして、首を横に振った。

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