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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第13話 容易ならざる決意を胸に

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【4】 戦場に戻る者、静かなる祈り

――午前三時十分。


闇はまだ深く、夜は終わりの気配さえ見せていなかった。


碧と翔太は、中庭の大きな石箱――その湖畔側、影になった場所に身を寄せていた。

巨大な石蓋が、垂直に突き立ち、ふたりの頭上に不安定な影を落としている。


「翔太くん……翔太くん!」

碧が呼びかけても、翔太はその場に崩れ落ち、頭を抱えたまま震えていた。


「……ダメっス。あんな化け物、どうやっても殺せない……」


「翔太くん!」

碧は彼の肩をつかみ、強く揺さぶった。だが、翔太は腕の隙間からわずかに顔を覗かせただけで、またうつむいた。


「戦うのよ!」

碧の言葉に、翔太はぶんぶんと頭を横に振った。


「……もうムリ、ムリっス……」

彼の顔は蒼白で、唇もわずかに震えている。


碧が、周りを見渡した。そして、何かを拾い上げた。


「――っ!」


傍に落ちていた、先の尖ったボルトで、翔太の太股を突き刺した。


「痛っ……!? いったああっ……!」


翔太は驚いた目で、碧を見上げた。


「痛いでしょ。ねぇ、痛いでしょ!」

碧が怒鳴った。


「あんたねぇ、死ぬっていうのは、もっと痛いのよ。分かってんの」

翔太は、きょとんとした目で見詰めている。右手で、刺された腿を撫でている。ズボンには、血がうっすらと滲んでいた。


「私たちが戦わなかったら、誰が戦うのよ!」

碧の声が、張り詰めた空気を裂いた。


「もう、誰もいないのよ! ねぇ、わかってるの!?」


その叫びと共に、碧は翔太のシャツをぐいっと掴んで引き寄せた。

翔太の手が止まる。さっきまで刺された太ももをさすっていたその手が、ぴたりと。


「ここで逃げたら、龍信さんも神童教授も……殺されるのよ」

碧の瞳は怒りに潤み、だが揺らぎはなかった。


「もう戦えるのは、私たちしかいないの。――《《わたしたちしか!》》」


翔太は、その言葉に瞠目した。

一、二度、瞬きをして……その視線がようやく、碧とまっすぐにぶつかる。


「わ……分かったよ」

弱々しくも、確かな言葉だった。


碧は、ようやく彼のシャツから手を放した。

握っていたボルトは、ポロリと手から落ち、地面に転がった。


……そのときだった。

何かが、動いた。


二人の視線がゆっくりと、採集室の出入口へと向かう。


そこに――

巨大な黒い影が立っていた。

中庭へと足を踏み出し、奴は仁王立ちをしていた。


それを見て、碧と翔太は、すぐさま走り出した。

目指すは、作業員宿舎の脇――工事用具の詰まった、小さな物置。

わずかでも反撃の糸口を求めて、ふたりは闇の中へ駆け込んでいった。



薄暗い部屋の片隅で、またひとり――戦士が目を覚ました。


「……喧しいな」

龍信は眉をしかめながら、上体を起こした。なぜか、後頭部に鈍い痛みが。


(どこかでぶつけたか……?)


視線を落とすと、足元には何本もの煙草が散らばっている。

そのうちの一本を拾い上げてくわえたものの、ポケットにライターは無かった。


横を見ると、神童教授が罪のない顔で眠っていた。まるで、戦場ではなく休日の昼寝でもしているかのように、穏やかな寝顔で。


「教授は吸わなかったっけな……」

独りごちながら立ち上がると、肘から下の無い左腕が鈍く疼いた。

皮膚は火傷のように赤くただれていたが、出血は完全に止まっていた。


龍信は頭を軽く二、三度振って感覚を整えると、足元のガスボンベとバーナーを引きずり寄せた。

そのまま、静かに採集室の方へと歩き出した。――まるで、まだやり残した、大事な仕事があるかのように。


採集室に足を踏み入れると、幾らか外のライトが入るために室内は明るかった。


龍信は足を止め、ぐるりと辺りを見渡す。


中央の巨大な石箱には、蓋がされていた。だが、中央は大きく崩れ、そこにブルドーザーが頭から突っ込んでいた。まるで巨大な獣が身を投げたような、不自然な角度で。


怪物の姿は、なかった。


「……また派手にやったな」

龍信はぽつりとつぶやいた。


「ブルドーザーのセメント漬けかよ。修理代、高くつくぞ」


そう言いながら、中庭側の壁へ視線をやる――その瞬間、言葉が止まった。


手にしていたガスバーナーが、がちゃんと音を立てて床に転がった。


そこにいた。


壁際に背を預けて、寄り掛かるように座っている――彗の亡骸。


龍信は無言のまま近づき、跪いた。

そして、血の気を失った頬に、そっと手を添えた。


「……彗」

その声は、これまでにないほど優しかった。


「お前が死ぬなんて、……ありかよ」

彗の横顔に、外の月明かりが差し込む。


「お前、何で戦ったんだよ。隠れてりゃよかったんだ。そうすりゃ、助かったかもしれねぇのに……」


視線を落としたその時、彗のズボンのポケットから、キラリと光るものがのぞいていた。


龍信はそれを拾い、くわえたままだった煙草に火をつけた。

裏返すと、そこには小さく『S・Y』の刻印。

――先ほど、どこか照れくさそうにその話をしていた、彗の笑顔が脳裏に浮かんだ。


龍信は、ライターをそっとポケットにしまい込んだ。


「……彗」


彼は、暫く彗の死に顔を見つめていた。


「おれが終わらせてやる。だから、ここで少し待ってろ」


龍信が吸っていた煙草を掴むと、そっと彗の口にくわえさせた。


「お前、格好いいよ。……彗」


龍信は目を細めて、立ち上がった。

その背後で、どこかの鉄が、かすかに軋んだ。

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