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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第13話 容易ならざる決意を胸に

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【2】 封印完了、そして終わったはずだった

採集室の開かれた両扉の向こう――

濛々と舞うコンクリートの埃の中から、

ひときわ大きな“影”が、ゆっくりと姿を現した。


――ズガガガッ……グァシャァァン!!


翔太は壁際で膝をつき、

彗の身体を抱いたまま、反射的に顔を上げた。


そこにあったのは――ブルドーザー。

そして、その運転席に座るのは、碧だった。


鉄の爪で脇のミキサー車を押しやると、

ブルドーザーはゴォォォという重低音を響かせながら、採集室へと乗り込んでくる。


さっき、彗から教わっていた――

“念のため”の重機操作。

まさか、これほど短時間で覚えてしまうとは思わなかった。


ライトが埃の中を貫き、暗い室内を白く切り裂く。

翔太の影が床に長く伸びる。


「……碧さん……」


翔太は、震える声で呟いた。

膝をついたまま、彗の身体をしっかりと抱いたままで。


その声に――碧はゆっくりとあたりを見渡し、そして短く問う。


「怪物は?」


「ああ……あの中です。……もう終わりました」


翔太の応えに、碧は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。

そして、ブルドーザーのエンジンを止めると、無言のまま運転席を降りてきた。


「えっ……! 何、彗くんは……?」

碧が小さく震える声で問う。


「今……」

翔太は言葉を濁した。喉が詰まり、うまく続けられない。


「今、――何よ? ねぇ……!」


「……泣き虫だったんスよ、いつも。こいつビビリでさ……」

翔太は俯いたまま、ぽつぽつと言葉を落とす。


「なのに……最後だけ、格好つけて……全然さまになんて……」

声が震えた。


「……全然さまになんて、なってなくってぇぇっ……!!」


翔太は、顔を滅茶苦茶にして泣き叫んだ。

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、

目の前の現実をどうにもできず、ただ、声をあげた。


「どうして……どうして彗くん……、

 写真、撮るんでしょう? みんなで一緒に……写真、撮るんでしょ……!」


碧も、その場に立ち尽くしたまま、声を震わせた。

両の拳を強く握りしめ、膝が崩れそうになりながら――それでも立っていた。


翔太は、壁に凭れかかったままの彗の胸を両手で掴み、揺さぶった。


「全然、格好わりぃよ……彗……。死ぬなんてさ……全然、格好わりぃよぉ……!!」


「……翔太くん」

碧が震えた声で呼びかける。

翔太は聞こえていない。泣き続けている。


「翔太くんっ!」

もう一度。

ようやく翔太が顔を上げた。

濡れた目で、虚ろに碧を見つめる。


「……源さんは?」

碧の問いかけに、翔太は目を伏せたまま、ただ、

石の箱――セメントの封印を、指さした。


「……えっ?」

碧の声が裏返る。


「どういうこと……ねぇ、どういうことよ?」

碧は、崩れ落ちそうな足を動かし、

しゃがんでいる翔太の肩を強く掴んだ。


「源さんは……怪物に腹を刺されて……でも、その腕を掴んだまま離さずに……あの中に、怪物を引きずり込んで……」

翔太は、苦しげに言葉を繋いだ。


「それで……ぼくが、石蓋を落として……」


「……えっ……そんな……」

碧は震える声を漏らした。


「……なんで……なんでなのよ……!」


力が抜けたように、碧の両ひざをついた。


――間に合わなかった。

自分は、遅かった。

遅すぎた。


もう少しだけ早く気づいていれば。

もう少しだけ速く、あのブルドーザーを持ってこれていれば。

二人も犠牲を出さずに、怪物をセメントの中に落とせたかもしれない。


――そう思った瞬間、

碧の胸の奥に、言葉にできない後悔の熱が広がった。


悔しさが、重しのように肩にのしかかる。

碧は唇を噛み、震える指先で、ゆっくりと拳を握った。


けれど、どんなに悔やんでも――時間は、巻き戻らない。

もう、誰の声も届かない。



しばらくして……


少しだけ呼吸が落ち着くと、碧が静かに顔を上げた。


「……終わったね。……これで」


その呟きに、翔太も小さく頷いた。

彗を壁にもたせかけ、ゆっくりと立ち上がりながら。


「……そうっス」


まだ涙の跡がくっきりと残る顔で、翔太は絞り出すように応えた。

肩が、小刻みに震えている。


「残った人の手当てと、救急車を……早く呼ばないと」


「そうっスね。若は左腕を切断されて、神童教授も、腹を裂かれて動けないみたいっスから……」


「そうね、動けるのはわたしたち、二人くらい……」


と、碧が言いかけて、


「そういえば……一織(いおり)さんは、どこに?」


と、翔太に顔を向けた。


「ああ……教授の助手の。……そうっスねぇ……」

思い出すように、翔太が小さく呟いた。


「……そういえば、見てませんね。全然」


翔太の脳裏に、いつも賑やかで騒がしい彼女の笑顔がふっと浮かんだ。


碧がふと視線を上げた。

壁に傾いている掛け時計――午前二時四十五分を指していた。


「……いいわ」

碧は少しだけ深呼吸してから、翔太に向き直る。


「わたし、一織さんを探しながら、龍信さんたちの手当てをする。

 翔太くんは、近くの民家から警察と救急車を呼んで。お願い」


年上らしい口調で、けれどどこか弟を頼るように。

翔太は静かに頷いて、立ち上がった。


「……他にも、生きてる人が、いるかもしれ――」


そう言いかけた時だった。


ガァツゥンッ!


突然、硬い金属が響くような音が、背後から叩きつけられた。

音は大きくはない。けれど、やけに耳に残る。異様な響きだった。


碧と翔太は、同時に息を呑んだ。

背中が強張り、肩が思わず跳ね上がる。


顔を見合わせる――その一瞬が、やけに長く感じられた。


ゆっくりと、二人は後ろを振り返る。


――そこに、石箱の蓋があった。

きちんと閉じられ、静かに、それを塞いでいる。


……動くものは、何もなかった。


「……いくら怪物でも、あの深さよ?

 何か《《踏み台》》でもない限り、登ってこれるわけないわ」

碧は、やや強めに言い切った。


「セメントを入れる前、中には何も無かったもの」


「……っスよね。音も……何もしてないし……」

翔太が、少し笑って応じた。


だが、その笑みが残ったままの顔に――


……ガァツン。


ひとつ、砕ける音。

石の中央が、パァンと弾けた。


飛び散る破片。

灰色の粉塵。


そこから――


ぬゅり、と、何かが覗いた。


鋭く尖った三角形。

銀色の“とんがり帽子”のような突起。


ただし、これは悪夢のパーティー用。


翔太の顔から、スッと血の気が引いた。

――“踏み台”の件で、彼には、ひとつ、心当たりがあった。


(……あの、《《自分が投げつけた》》電動ポンプ……!)


けれど、翔太は怖くて、碧には言えなかった。


セメントが固まるまで、静かに待っていてくれるような、

“従順で控えめな性格”の怪物ではなかった。


……恐らく、団体行動も苦手であろう。


「アイツ……ぜったい……登ってくる……」


翔太の喉の奥で、かすれた声が、そう呟いた。

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