表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第12話 果てし戦士へレクイエムを

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/84

【4】 封印の代償、沈んだ英雄

彗は、頭を横に振った。


「……やっぱいい。翔太、石蓋を下ろす準備をしてくれ」


そう言って、顎で奥を示した。

天井から鎖で吊られた巨大な石蓋――

それは、セメントの箱を封じるための、最終の“扉”だった。


「翔太! おれがこいつをセメントに落とす! 

 そしたらすぐに――蓋を閉めろ!」


翔太は何も言わず、鎖の固定された柱の方へ向かった。

一度失敗しただけで、すでに彼の胸の奥には焦げ跡のような自尊心が残っている。


(……なんだよ、一回くらい失敗しただけで……)

その悔しさを噛み潰すように、翔太は鎖を握りしめ、叫んだ。


「彗ッ! いつでもいいぞ!!」


それはまるで、自分の情けなさを振り払うような、叫びだった。



彗は、鶴嘴を構えながら、怪物の動きを見据えた。

爪が源次に振り上げられるたび、背後から一撃を放ち、注意を引く。

振り返られた瞬間に距離を取る――その繰り返し。

呼吸は乱れ、腕は震え、それでも足は止まらない。


一方の源次は、傷ついた体を引きずりながら、

怪物をセメントの箱の方へとじりじり押し込んでいた。


分厚い胸板にどっしりとした肩、

血で染まった作業服越しでもなお圧を放つ体躯。

鼻の下の立派な口髭は汗と泥で濡れていたが、

その奥の小さく窪んだ目には、一点の迷いもなかった。


その足元は血と汗で滑るが、それでも踏みとどまり、

いつでも押し落とせる位置を狙っていた。


「彗っ! 準備オーケーだってば!!」


箱の向こう側で、翔太が叫ぶ。

鎖を握ったまま、どこか少し気楽そうに見える顔。


「わかってるよッ!!」


彗が怒鳴り返す。息は荒く、汗が目に入る。

それでも、鶴嘴を構え直して、また怪物に立ち向かう。


――そのときだった。


ミキサー車の陰に隠れていた碧が、突如、中庭の方へと駆け出した。


(……えっ? どこ行くの?)


誰もが一瞬、目を奪われた次の瞬間――


ガシェーンッ!!


耳を劈く金属音。

源次が持っていたチェーンソーの《刃》が、ついに限界を迎えた。


バチン、と激しく跳ねて飛び――


シュルルルルルゥゥゥ!!


と、彼の太い右腕をかすめ、足元に落ちて渦を巻く。


「くそっ……!」


源次が呻きながら後退。

怪物がその隙を見逃すはずもなかった。


「ヤバいッ!」


彗が叫び、慌てて鶴嘴を振り上げた。

怪物がぎょろりと彗の方へ振り返る――その刹那。


源次が、チェーンソーを捨てて飛びかかった。

全身をぶつけるように、怪物の背中へと突進した。

それが、源次の――最後の力だった。


怪物がぐらりとバランスを崩す。


咄嗟に、右手の平爪を広げ、背中の源次を引き裂こうと振り上げる。


だがその瞬間、彗が飛び込んだ。


渾身の力を込め、

横殴りの一撃。


彗の鶴嘴が、怪物の左頬を強打した。

口から、僅かに緑色の液体が飛び散った。


「おしいーっ!」

翔太の声が響いた。

だがその一言が、まるで“狂った応援”のように、虚しく空間に弾けた。


――命中したのは、左目の、ほんの少し下だった。


次の瞬間。

怪物の右腕が、真横に弧を描いた。


「ぎゃああああッ!!」


それは――彗の正面。

逃げる間もなく、鶴嘴を持っていた左腕が宙を舞った。


同時に、左のわき腹が真一文字に裂けた。

裂けた皮膚の隙間から、熱いものが一気に流れ出す。


悲しいかな――

彗には、源次や龍信のような、

常人を超越した耐久力も、反応速度もなかった。


……痛みではない。

それは、“喪失”だった。


自分の一部が、欠けた。

その瞬間、世界の音が一瞬だけ遠のいた。


(……左腕が、ない?)


何かが、自分の中からこぼれ落ちていく感覚だけが、

脳に、焼きついていた。


彗は、崩れるように膝をついた。

口を開いても声は出なかった。

それでも、血の涙のような汗をこめかみににじませて、顔を上げる。


――そこにいた。


右手を高々と振り上げ、怒りに咆哮する怪物の顔が。

咆哮というより、“咽ぶような咆え”。地の底から響く声だった。


その瞬間だった。


源次が、怪物の背から身を放した。

そして、再び――巨躯を振り絞って、全身で体当たり。


「危ないッー!!」


翔太の絶叫が、空間を裂いた。


怪物が振り返る。

右腕の爪を閉じ、反射的に――

源次の腹へ、真上に突き上げた。


―――ズゴンッ!!


重く鈍い音が響いた。

だがその後に訪れた沈黙のほうが、なぜか長く感じられた。


軽トラックのドア――

即席の鉄鎧を貫通し、源次の腹に、《《怪物の尖った腕がめり込んだ》》。


だが、源次は離さなかった。


血の泡を吹きながらも、

その両腕で、怪物の右腕をがっちりと抱え込んだまま――


自ら、後方のセメントの箱へと、引きずりながら落ちていった。


――抵抗する怪物。

咆哮とともに、灰色の液体が飛び散る。

それでも源次の手は離れない。


どろりと重たい灰色の海の中――二つの影が沈んでいく。


それが、源次の最後の捨て身の攻撃だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ