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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第12話 果てし戦士へレクイエムを

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【3】 魂の鶴嘴、継ぐ者たち

彗が採集室に駆け込むと、

まず目に飛び込んできたのは――血にまみれ、なお怪物と対峙する源次の姿だった。


チェーンソーを構えた体は、限界そのもの。

肩で息をし、膝は小刻みに震えている。

今にも崩れそうだった。


それでも、踏ん張っていた。

寸前で怪物の突進をかわしながら、

反撃どころか、“立つ”ことそのものが奇跡のようだった。


チェーンソーの刃も、もう限界だ。

幾度も硬質な外皮に弾かれ、歯はすり減り、今にも千切れそうに軋んでいる。


それでも源次は、腹部に巻いた《《鉄の鎧》》のおかげで、まだ立っていた。

怪物の攻撃は何度か受けていたが、致命傷には至っていない。

まさに――最後の盾だった。


「若は……?」

振り向いた源次の顔は、血にまみれていた。


「大丈夫っス。今は……寝てます」

彗は息を整えながら答えた。静かに、しかし力強く。


源次の口元が、少し緩み、血にまみれた顔で微笑んだ


「……なら、まだ……持ちこたえられるな」


その声には、もう気力しか残っていなかった。

痛みも、恐怖も、すでに通り越している。

それでも彼は、“龍信を守る”という一点だけで、この地獄に踏みとどまっていた。


あわよくば、このまま怪物をセメントの落とし穴に誘い込み、

蓋をして封じることができれば――

その一縷の望みに賭けて、源次は踏みとどまっていた。


その姿を見て、彗の胸に何かが突き上げてきた。


(まだ――戦ってる。こんなにもボロボロなのに)

(……若の魂が、この鶴嘴に残ってるなら……俺が、それを引き継ぐ)


彗は、鶴嘴を強く握った。

そして、ひとつだけ息を吸って、ゆっくりと吐いた。


次の瞬間、足が前へ出ていた。


今度は――

誰かに守ってもらうのではなく、

自らの命を差し出して、俺が殺ってやる。


源次は、残った力を振り絞り、チェーンソーを怪物の横から押しつけていた。

怪物の右手の爪を擦り、火花が飛び散る。

必死に怪物を、セメントの箱の中へと押し込もうとしていた。


その様子を、碧は外のミキサー車の影から固唾を呑んで見つめていた。

手足の震えが止まらない。それでも、目をそらすことはできなかった。


翔太は――

採集室の隅で、背を壁に押し付けるようにして立ち尽くしていた。

顔は青ざめ、膝がわずかに震えている。完全に放心状態だった。


部屋の一角では、布を被せられた三体の遺体が沈黙していた。

血と鉄の匂いが、空気の全てを支配していた。


「ぞりゃああっ!!」


甲高い叫びと共に、彗の鶴嘴が、怪物の頭頂部へと振り下ろされた。


〈ガッ!〉

鈍い音とともに、怪物の脳天へ直撃した。

怪物は一瞬たじろぐと振り向いた。


「翔太! こいつを落とすのを手伝えッ!!」


しかし、彗の声にも、翔太はすっかり怯えていて、顔も上げない。


「翔太! ――翔太! 翔太ッ!!」


三連発の怒鳴り声が、採集室の中に響いた。

ようやく、翔太がびくりと顔を上げる。


「えっ……? な、なんでお前が……戦ってんの……?」


言葉こそ震えていたが、翔太の表情に、わずかに“正気”が戻る。

さっきまでシャワー室で自分と同じように震えていた彗が――

今や、まるで別人のように、怪物と正面から向き合っていた。


目が違った。

狼のように鋭く、迷いのない目をしていた。


「翔太! いいから聞け!」

彗が振り返らずに怒鳴る。


「こいつをセメントの中に落とすんだ! 

 なんでもいい、武器になるもんを探せッ!」


その声に、翔太は思わず辺りを見渡した。

視界の中に――少し先に転がる、無骨なアメリカ製の掃除機のような電動ポンプ。

モーターが詰まった鉄塊。重さはある。

武器になるかどうかなんて、わからなかった。


けれど、翔太はそれを両手で持ち上げた。

そして――ほんの少しだけ、前へ足を踏み出した。


だがその足取りには、はっきりと“恐怖”がまとわりついていた。

腰は引けている。足も震えている。


(箱の(へり)にいる怪物の右肩に、これをぶつければ――

 バランスを崩して、箱の中に落ちるかもしれない)


翔太は歯を食いしばり、両手でそれを持ち上げた。

怖い。

けど――少しだけ、笑った。


(俺がヒーローに……なれるかも)


その一瞬の錯覚が、彼を突き動かした。

目の端に映る彗の姿。

彗は振り返らず、ただ一度だけ――深く頷いた。


ギリギリと唸るチェーンソー。

源次は、歯を食いしばって怪物を押し込んでいた。

火花が散り、刃の音が室内を満たす。


そのとき――


「うぉりゃああああっ!!」


翔太の叫びが爆ぜた。

頭上から振り下ろすように、鉄の塊を投げつけた。


「危なーーいっ!!!」


彗の叫びが響いた瞬間、源次が顔を上げた。

視界の先。

自分めがけて、黒い塊が唸りを上げて迫ってくる。


「なっ――おわっ!!」


間一髪、源次が身をひねった。

鉄塊は彼のこめかみをかすめ、

怪物をスルーして――セメントの箱の中へ。


ボチャン。


……静寂。


アメリカ製の頼れる重機は、何の抵抗もなく、

粘度たっぷりのセメントに沈んでいった。


……不本意な役目を終え、あっけなく、そして静かに姿を消した。


源次は、呆然とその光景を見つめた。

振り返り、翔太を一瞥する。


言葉は、なかった。

けれどその沈黙こそが――最も雄弁だった。

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