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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第11話 憤激に委ねる黒戦士

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【6】 届かなかった一撃、裂かれた空

怪物が、源次の頭を狙って、閉じた右腕を高々と掲げた。


鋭く尖った爪が、源次の頭上に。

――それは、確実に“とどめ”の構えだった。


終わった、と、源次は思った。


だが――その瞬間!


「うぉーりゃああッ!!」


獣のような咆哮とともに、横合いから鉄板が飛来した。


〈ゴンッ!〉


全体重を乗せた一撃が、怪物の左肩を直撃する。

鈍い衝撃音。怪物が一歩、巨体をよろめかせた。


「こっちだ!!」

龍信の声が響く。

振り向く怪物の一瞬を狙い、彼は正面から鉄板を蹴り上げた。


〈ガシィィィン!〉

金属が悲鳴を上げた。

鉄板は、怪物の口に咥えられたままの鶴嘴を下から打ち上げ、

先がさらに数センチ――奥深くまで、喉の奥へとめり込んだ。


「グェーッ……ゲッ、ゲッ……!」

濁った呻き声。

怪物の喉から、泡混じりの粘液があふれ出る。


この異形の体構造――胸の前にある頭の裏側には、肺、さらに奥に“心臓”がある。

龍信はそこまで突き抜けさせるつもりだった。

――だが、届かない。


「……クソッ!」


龍信はもう一撃を狙って、再び鉄板を蹴り上げようとした。

だが、怪物が堪らず後退し、首を大きく振った。

その勢いで、咥えていた鶴嘴が外れ、〈ガツン〉と床を転がる。

龍信は鉄板を投げ捨て、それを掴み上げた。


見上げた怪物の口元から、緑色の血がとろりと垂れていた。

金色の片目は怒りに光り、まるで理性すら焼け落ちたようだった。


「源さん……もう一度、やれますか」

龍信が息を荒げたまま問う。


その声に、怪物の視線がわずかに動いた。


「ああ……何度でもやれる」


壁にもたれた源次が、血に濡れた顔を上げる。

その瞳には、まだ闘志の炎が残っていた。


「ふはぁーーーッ……!!」


肺の奥から搾り出すような深い呼吸。

まるで部屋中の空気をすべて吸い尽くしたかのようだった。

肋骨が軋む。痛みが脳天に突き抜ける。

だが、その口元には――笑み。


源次は膝を折り、足元のチェーンソーを拾い上げた。

引き紐を掴むと、わずかに震える腕で――引いた。


ギャリリリリ――!


轟音が夜を裂く。

鎧のようなボコボコの鉄板を巻いた男が、再び地獄に立ち戻った。


「源さん、頑張って下さーいッ!」


彗が出入口から叫んだ――が、次の瞬間、

足元で〈ぐにっ〉と柔らかい感触を踏んだ。


「……え、えぇぇ!?」

慌てて足をどけると、薄暗い中に――神童教授・時貞の顔があった。

目は閉じ、口も動かない。まるで、時が止まったかのようだった。


「うわ……ヤバッ……」

彗は蒼白になりながら、後ずさりする。


――その間にも。


「若……行きますよ!」

源次がかすれた声で叫び、再び突進した。


ギュルギュルギュルギュルッ!!


チェーンソーが唸りを上げ、怪物の左側へ斬り込む!

怪物は即座に反応。右腕を上げ、金属質の爪でそれを受け止める。

火花が散り、油と焦げた皮膚の匂いが室内に広がった。


そして――その右側。


龍信が、音もなく踏み込む。

鶴嘴を大きく振りかぶり、

バットのフルスイングのように軌道を描いて――


「もらったぁぁぁ!!」


咆哮とともに、全身の力を鶴嘴に叩き込んだ。

鋼を裂く風音。空気が悲鳴を上げる。


――終わらせる。


そう確信した、その瞬間だった。


怪物が信じられない賭けに出た。

チェーンソーを凌いでいた右腕を、爪のない左腕とすばやく入れ替えた。


その刹那、龍信は異変に気づいた。


だが、もう遅かった――。


振りかぶった鶴嘴は、今まさに怪物の顔面へと向かって飛ぶ寸前。

渾身のスウィング中で、体は止まらない。

腕の軌道に引かれるように、顔もそちらへ向いた。


――その、まさに顔へ。


怪物の右腕が、音もなく、滑るように宙を裂いた。

外側の平爪が、開いている。


「若っ!!」


源次と彗の絶叫が重なった。


ズブッ――シューッ!


鈍い音とともに、赤黒い飛沫が噴き上がり、天井を染める。

薄暗い部屋の空気が、一瞬、血の匂いに変わった。


龍信の手から、鶴嘴が弾かれ――避けた源次の背後の壁に突き刺さった。


そして、続けて――


〈ドサッ〉


源次の足元に、「何か」が落ちてきた。


龍信の身体は、壁際まで吹き飛ばされ、

背を丸めたまま、動かない。


「若ぁぁぁぁぁぁっ!!」


彗の叫びが響く。

彼は血の匂いをかき分けて駆け寄った。


その横で、源次のチェーンソーがまだ回転を続けていた。

怪物の左腕を焼き焦がしながら――それでも斬り落とせない。


怪物が、空いている尖った右腕を、源次へ向けた。

源次は慌ててチェーンソーを下ろし、一歩退く。


そして、恐々と足元に転がる「それ」を見た。


――視界に入った瞬間、背筋が凍りついた。


一方、怪物は自らの損傷を確認していた。

前歯が数本折れ、左腕の外皮がわずかに削れている。

だが、それ以外に目立った傷はない。



「若ぁぁぁっ!!」


彗は龍信の体を抱き上げた。

左を向いて俯せに倒れている。血がじわりと床を染めていく。


「うそぉ……ま、まさか、若の首までも……」


彼は、がくりと膝をついた。

壁を向いて俯せに倒れている龍信のまわりに、血の海がじわりと広がり始めていた。


「こんな……こんな筈じゃ、……若、ちくしょうっ!!」


その叫びが、解剖室の壁を震わせた。

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