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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第11話 憤激に委ねる黒戦士

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【5】 知性の牙と戦意を失わぬ者たち

龍信が、ゆっくりと振り返った。

怪物は、わずか先で静止していた。

動かない。ただ、金色の片目だけが、冷たくこちらを睨んでいる。


龍信は、入口脇に立てかけられた鶴嘴(つるはし)を握った。


その時――

にきび面の(さとし)が、そっと顔を出した。


採集室の中央。

怪物がじっとこちらを見ている。

彗は、その視線に射抜かれたように硬直した。

喉が上下に震える。だが、声は出ない。


非常灯と外のライトが室内に差し込み、暗闇の中でも、異形の輪郭だけははっきり見えた。


「……どうした」

龍信が、ドア越しに低く問う。


「い、今……あっちでセメントを流し込んでます」

彗は目を逸らさぬまま、小さく答えた。

龍信は短く頷く。


「お前、何持って来たんだ?」

視線が、彗の手元に落ちた。


「えっ、あ、いや……」

咄嗟に足元へ隠す。

その手には――工業用のガスバーナー。

鉄骨をも溶断できる、危険な業務用機材だった。


背後には、重いガスボンベ。

だが、目の前の怪物を見た瞬間――戦意は完全に消えた。

近づくこと自体、無謀だと本能が叫んでいた。


(……よく、あんな化け物と戦ってるよ)

彗は、龍信と源次の背中を見て、震えた。


「若!」

「ん?」


源次の怒鳴り声に、龍信が顔を向けた。


「奴の弱点は、脇の下と目ェです!

 俺が上からチェーンソーで叩き込みます。

 その瞬間、目か脇、空いた方を鶴嘴で突き刺してください!」


言うが早いか、龍信を向いている怪物に、源次が横から突進した。

ギャリギャリギャリ――ッ!!

チェーンソーの刃が爪に弾かれ、火花と轟音が宙を裂く。


怪物は唸り声を上げ、反射的に右腕を上げて防御した。


その刹那――!


龍信が、全力で振り抜いた鶴嘴を、がら空きの顔面へ水平に叩き込んだ!


〈グシャッッ〉

鈍く潰れたような音がして、暗闇の中――何か硬い破片がいくつも飛び散った。

鶴嘴の先端が、怪物の顔面の奥深くまでめり込んでいた。


「やったッ!!」

彗が両拳を握り、ガッツポーズを取る。

完封したピッチャーのような顔で、何度も頷いた。


――だが、倒れない。


源次のチェーンソーも、まだ爪に阻まれていた。

何かが、おかしい。


「くっ……うぉぉぉ……!」

龍信が腰を引き、綱引きのような姿勢で唸っている。

どうやら、怪物に突き刺した鶴嘴が、抜けないらしい。


彗は恐る恐る壁際を回り込み、怪物の正面を覗いた。

――そして、息を呑んだ。


「……う、そだろ……!」


鶴嘴は、怪物の口に突き刺さっていた。


あの瞬間、怪物はわざと顔を上げ――歯で受け止めたのだ。

残った左目を潰されることは“死”を意味する。

怪物はそれを理解していた。

そして、本能ではなく――“判断”で、口を開けて防御した。


今、鶴嘴は上下の奥歯の間に噛み込まれている。

飛び散った破片は――怪物の折れた前歯(牙)だった。


その金色の瞳が、ゆっくりと動いた。

龍信を見据えている。


鶴嘴を咥えたままの怪物。

龍信は必死に引き抜こうと力を込めたが、びくともしない。


(……こいつ、考えて動いてやがる)


そして、怪物は“見切った”。

――この男はもう、攻撃できない。


ゆっくりと、怪物は顔を横に向けた。

音もなく。冷たい、狩人のように。


“弱った者”から潰す。

肋骨を折られ、息も絶え絶えの源次。

それが、怪物の“理性(こたえ)”だった。


――うるさい蝿を、一匹ずつ確実に叩き潰すように。


怪物は、右腕でチェーンソーをいなし、

左拳を突き出した。


〈ドスンッ!〉


金属が潰れる重音。

源次の腹に巻かれた軽トラックの鉄板が、鈍く凹んだ。


次の瞬間――

巨体が宙に浮く。


〈ゴッ!〉


壁へ叩きつけられる音。


「ぐっ……!」

源次の喉が裂けるようなうめき声を上げた。


龍信は、鶴嘴を握ったまま引きずられる。

どうしても抜けない。


(……ダメか)

龍信は潔く手を放した。


代わりに、足元に転がる鉄板に目を留める。


――解剖台の上にあった天板だ。

龍信はそれを両手で掴むと、音を立てて持ち上げた。

重い。だが、盾にはなる。


怪物は一瞥したが、すぐに視線を戻した。

狙いは――源次。


咥えた鶴嘴を離さぬまま、怪物はゆっくりと壁際へ進む。

まるで「武器は渡さない」と言うように。


ふらつく源次を、逃がす気などはまったくない。


「ゼェ……ゼェ……」


源次の呼吸は、もう限界だった。

壁にもたれて立ち上がるが、膝が震えている。


両腕はだらりと垂れ、まるでボクサーのノーガード。

足元に落ちたチェーンソーを拾う余力もない。


それでも――

その背だけは、まだ倒れていなかった。

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