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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第11話 憤激に委ねる黒戦士

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【4】 静かなる背、立ち止まらせるもの

壁から崩れた瓦礫が、龍信の背中にパラパラと降り注ぐ。


「若ぁぁああっ!!」


源次が叫び、走り出した。


だが――遅い。

怪物は、鉄塊のような足取りで大股に迫っていた。

今まさに、とどめを刺そうとするその刹那――


龍信が、顔を上げた。


――視界いっぱいに、怪物の右腕が迫っていた。

閉じた三本爪が鋭く尖り、真っ直ぐ頭を貫かんと振り下ろされる!


「――ッ!」


反射的に身体を反転。

目の前――紙一重で回避した直後、ドシュウッ!と爪が床板に突き刺さった。


瞬間、全身のバネを爆発させるように――


「おおおッ!」


龍信が跳ね起きた!


その勢いのまま、前屈みの怪物の右顔面に横蹴りを叩き込む!

つま先がめり込み、顔がのけ反る。


止まらない。


龍信は空中へ跳躍し、

踵に全体重を乗せて――落下とともに脳天を踏み砕いた!


「ッらぁああっ!!」


ゴギャッ!


怪物の首が沈み、その巨体が前のめりに崩れる。

――並の相手なら、ここで終わりだった。


だが、怪物は左腕一本で床を掴み、踏み留まった。


「マジかよ……っ!」

源次が思わず声を上げる。


次の瞬間――

下から、怪物の右腕がなりふり構わず、横殴りに振り抜かれた!


スパァンッ!


龍信の右頬に、尖った爪の先端が掠る。

肉が裂け、鮮血が飛び散った。


「若っ!」


源次の声が、背後から響く。

龍信は下がらない。

頬から血を垂らしたまま、ただ無言で立ち続ける。


「若、幾ら何でも……素手は無茶ですよ。

 あいつは――このチェーンソーでも、斬れるかどうかって硬さです」


源次が、後ろから肩に手を置いたその瞬間――

怪物が、地鳴りのように立ち上がった。


ギギギ……ッと関節が軋み、

せり上がるような巨体は、二人よりも頭二つ分は高い。


「……分かった」


龍信は息を吐いた。

熱を吐き出すように、長く、静かに。

背中が、わずかに弛緩する。


その目には、まだ火が残っていた。

けれど、それはもう――“燃え盛る怒り”ではない。


「これで……幾らか、気が済んだ」


低く呟く声は、どこか遠くを見ていた。


真正面から怪物と殴り合い、一歩も退かなかった。

もちろん、手応えはあった。

だが、あの異常な硬さでは、どれほど拳を重ねても倒れはしない。


それでも――

拳を叩き込んだ瞬間、胸の奥に渦巻いていた熱が少しだけ静まった。

それは、自分でも抑えられぬ怒りだった。

理屈でも理性でもなく、ただ“赦せなかった”。


――それでも、今はもういい。


続けても無駄なのは、彼自身が一番よく知っていた。



その背後に――

怪物が、じり……じり……と迫る。

牙を剥き出し、唸るような低音を鳴らしながら威嚇する。


その咆哮は、龍信の目前でぴたりと止まった。

空気が凍る。

熱と血と鉄の匂いが混ざり合い、世界が一瞬、静止したように思えた。


龍信は、わずかに首を傾げ――

拳をゆっくりと構える。


怪物の顔面へ、打ち込むように右腕を振り抜いた。

だが、それは――寸前で止まる、“空打ち”だった。


――素振り。


その動作に、怪物の金色の瞳がピクリと揺れる。

反射のように、右腕が跳ね上がった。

爪が描く放物線が、空を裂いて閃く。


――シュパァァッ!


風圧が龍信の頬をかすめた。

だがその頃には、彼の拳はすでに引かれていた。


(……甘いな)


声にはしない。

ただ、ゆっくりと首を横に振り、

口元に、皮肉とも嘲笑ともつかぬ笑みを浮かべた。


――挑発されている。


怪物は、さらにいきり立つ。

呼吸が荒くなり、鼻孔から異様な熱気が噴き出した。


しかし、龍信は気にせず――ゆっくりと背を向けた。

無防備に、出口の方へ歩き出す。


――拳を下ろし、鶴嘴すら持たずに。


(さあ来いよ……後ろから襲ってみろ)


内心で牙を剥きながらも、龍信の歩みは、落ち着き払っていた。


狙いはただ一つ。

もし背後から来れば、振り向きざまの裏拳で顔面を叩き潰し、

蹌踉けたところを、膝で顎を跳ね上げる――

それで、この化け物が“まだ立てるか”を確かめるつもりだった。


だが――怪物は動かない。


咆哮も上げず、足音すら立てず、

部屋の中央で、じっと立ち止まっている。


(……来ないのか)


龍信は、背でそれを感じた。


空気が止まる。

埃の粒が、まるで時間を失ったように宙を漂う。

呼吸の音さえ、遠くなる。


怪物は、無防備に背を見せて歩き去る男を追うのを――やめた。


――その背が、不気味だった。


今まで、真正面から素手で挑む者など皆無だった。

一声吠えれば、皆すくみ上がり、逃げ惑い、崩れ落ちた。

だがこの男は――微塵も怯まず、挑発すらしてくる。


この予測不能な相手に対して、怪物は、始めて『恐怖』のような感情を抱いた。


そして、五百年前の時の狭間で待っている、

《《自分の主》》が放つ強烈なオーラにも、どこか似ていると感じていた。

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