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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第11話 憤激に委ねる黒戦士

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【3】 その怒り、制御不能

解剖室に――龍信が飛び込んできた。


視界の中――転がる死体。砕けた機材。

そして、チェーンソーを振り下ろす源次。

その前で、牙をむき出しに咆哮する怪物。


その異様な巨躯、血に染まる惨劇の光景に、龍信の背筋に冷たいものが走った。

だが――それ以上に、彼の全身を突き動かしていたのは、“怒り”だった。


龍信は、持ってきた鶴嘴(つるはし)を、静かに壁際に立てかけた。


代わりにポケットから黒いレザーグローブを取り出し、

ゆっくりと両手にはめた。


右手を顔の前にかざす。

拳を握る――キュッ。

革が馴染む音が、血の海の中に小さく響く。


「若! 危ないから、下がってください!!」


源次の声が飛ぶ。

だが、龍信は応えない。


代わりに――静かに、素手のまま怪物へ歩を進めた。


その足取りは、まるで地を叩く太鼓のように重く。

その眼差しは、まるで神罰の前触れ。


こういう時の龍信は、“完全にキレていた”。



――源次の脳裏に、遠い記憶がよぎった。


中学時代。


放課後、友人と歩いていた帰り道のこと

たった一度、目が合っただけで絡んできた三人のチンピラ。


「土下座して詫びろ」と言われ、友が震えた。

友は地面に膝をつき、泣きながら頭を下げた。

だが、龍信は詫びずに言った。


「やるなら俺をやれ」


チンピラたちは笑った。


「お前が詫びないせいで、友達がこうなるんだ」と言いながら、

三人がかりで友を蹴り続けた。


――その瞬間。

龍信の中の“何か”が切れた。


止めようとした者たちも、無意味だった。

殴り。砕き。三人を叩きのめした。

結果、十九歳のチンピラが一人、意識不明で一週間眠った。


龍信が病室を覗いたとき、

ベッドの脇に座る痩せた母親の姿を見た。

泣かず、叫ばず、ただ無言で手を握っていた。


その横顔を見て、龍信はもう喧嘩をやめた。

――二度と、怒りを解放してはいけないと知ったからだ。


だが今――

あの時、チンピラたちを殴り続けていた“あの龍信”が、ここにいる。


こうなると――

もう、誰にも彼を止めることはできない。



「若ッ!」

源次が叫ぶ。

その声が届くよりも早く、龍信の右足が走った。


ドゴッ。

鋭く、えぐるような蹴りが、怪物のがら空きの脇腹に突き刺さる。


ドゴッ、と鈍い衝撃音。

巨体が、一歩、後退する。


チェーンソーと蹴り。

怪物は、二方向からの攻撃を受け続けるのは不利だと悟った。

距離を取ろうと後ずさる。


だが――龍信がそれを逃さない。


「はぁッ!」


気合とともに踏み込む。


懐に滑り込んだ瞬間、鋭く絞り出すような右ストレートが、

怪物の左目を的確に撃ち抜いた。


ズン――と、顔が僅かに反り返る。


その光景を前に、源次は一歩後ろへ下がった。

チェーンソーを一旦下ろす。


龍信が前に立っていては、こちらは攻撃できない。

ましてや――自分の体力は、すでに風前の灯だ。


と、その時だった。

足元に、何かが光った。


「……!」


源次はしゃがみ込むと、それを拾い上げ、腹に巻いた晒の内側へと滑り込ませた。

その顔に、一瞬だけ、笑みが浮かぶ。



―――戦況は、龍信に託された。


パワーでは敵わない。

だが――スピードなら勝てる。


龍信は、まさに疾風のようだった。

右へステップ、フェイントをかけ、左フック!


怪物の右側頭部に、黒い拳がめり込む。

続けてもう一発! 今度はさらに深く、鋭く!


しかし――


「グォアァ――ッ!」


怪物の右腕が唸りを上げて、下から弧を描くように振り上げられた。


殺気を感じ、龍信は咄嗟に左肩を引いて回避。

刹那、スレスレで爪の軌道を躱す。


バランスが崩れる――

だが、そのまま体を捻り、反動を活かして――


「喰らえッッ!!」


渾身の右アッパーが、下から怪物の顎を撃ち抜いた!

グゴンッ、と微かに軋む音。


だが――その衝撃は、龍信自身の拳にまで跳ね返ってくる。


「効いてようが効いてまいが、関係ねぇ!」


血が滴る。痛みよりも、笑いがこぼれた。

至近距離での応酬。


「若ッ!!」


源次の絶叫が、怒号のように響いた。


間髪入れず、もう一撃。

左フックが顎を狙う――が、

怪物の右腕が下から唸りを上げて襲いかかった!


刃のような肘が、闇を切り裂く!


龍信はスウェー。

髪一本の差で回避。


「ッらぁッ!」


反動を使い――右腕を蹴り上げる!


バギィィッ!!


怪物の爪の開いた肘関節を下から弾き飛ばした。

その爪が自らの額を掠め、緑の血が弧を描く。


「グギャアアアアアア!!」


怒号。

怪物が狂ったように咆哮する。


鋭利な右腕を反射的に顔から遠ざける――


空いた。今しかない!


龍信が拳を握り締め、最後の距離を詰めようと――踏み込んだ、その時。


「ぐっ――!?」


ドグゥッ!!


怪物の左拳が、横から突き刺さる。


不意打ちの一撃――


龍信は、完全に見落としていた。

鋭利な右腕ばかりに意識を奪われていたのだ。


「が……っ!」


身体が宙に浮いた。

翻筋斗(もんどり)打って、後方の壁へと――叩きつけられる。


ドグワァアアアアアン!!


建物が悲鳴を上げて揺れる。

龍信は、俯せのまま崩れ落ちた。

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