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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第10話 一番槍の武功はうつけに

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【3】 止まったはずの鼓動、そしてその目が

薄暗い部屋の中――

源次はすぐに立ち上がり、足元に注意を払いつつ、時貞のもとへ駆け寄った。

その身体を抱き起こすと、左わき腹が裂けており、そこから血が静かに滲み出している。


源次は、時貞の腕を自分の肩に回すと、身体を引きずるようにして、倒れている日向の方へ向かった。


(教授……あんた、こんな軽い身体で、まったく無茶なことを……)

心の中で呟く声は、怒りと心配と尊敬が入り混じったものだった。


一方、麟太郎は、ふらりと立ち上がると――怪物に目を向けた。

部屋の照明は落ちていて、非常灯の緑色の光だけが、ぼんやりと揺れていた。

怪物の体からは、白い湯気のような煙が立ちのぼり、かすかに燻るのが見えた。


天井から垂れる鎖に全体重を預け、まるでブランコのように、ゆらり、ゆらりと揺れていた。

重たく垂れ下がった両腕。深く俯いた顔。

背を丸めたその姿は――まるで“考え込む巨人”のようで、不気味さと哀れさが入り混じっていた。


右目に突き刺さった鉄筋の先端は床に届いており、顔の位置は胸の前――その異様な姿勢に、麟太郎は無意識に息を呑む。


麟太郎は、テーブルの上のビデオカメラにそっと手を伸ばした。


――◇――


源次は気絶した日向の肩を掴み、荒々しく引き起こす。

その顔は真っ青で、目も口も虚ろだった。


「……起きろ」


〈パシーン!〉

乾いた音が部屋に響く。


「――っ!」

日向が目を見開き、荒い息を吐きながら周囲を見回した。


血と煙と焦げた匂い。

床には仲間の血。天井には黒い煤。


そして――鎖に吊られた“それ”。


「ぎゃあああああっ!!」


悲鳴が割れる。

すぐさま、もう一発。


〈パシン!〉


「落ち着け! 終わった! もう終わったんだ!」

源次の声が鋭く響く。

「……教授の手当てを、早く!」


そう言って、源次は時貞のシャツをめくり上げた。

傷は胸から腹にかけて大きく裂けていたが、思ったほど深くはない。

怪物の爪が閉じていたおかげで、致命傷には至らなかった。

とはいえ、血は止まらずに滲み出している。


「死んじまうぞ、教授がッ!」


怒鳴る声に、日向の震える手がようやく動いた。

源次が首の無い丹波のシャツを乱暴に引き裂き、布切れを投げる。

日向はそれを受け取ると、涙で濡れた手で時貞の腹に巻き付けた。

結ぶたびに、その震えが少しずつ収まっていった。


――◇――


「風見さん!」

源次が叫ぶ。


「宿舎へ行って、みんなを起こせ! 警察にも連絡を!」


テーブルの陰でカメラを点検していた麟太郎が顔を上げた。


「……冗談じゃないですよ」


「は?」


「外にはまだ化け物がいるんでしょ? ここにいた方が安全ですって」


静まりかけていた空気に、冷たい声が落ちた。


その瞬間――源次がゆっくりと立ち上がる。

額の傷から血が伝う。

怒気がその顔に宿った。


一歩。

また一歩。


「バカヤロウッ!!」


〈ガンッ!〉

怒鳴り声と共に、拳が振り抜かれた。

麟太郎の手からカメラが弾き飛び、壁に叩きつけられる。

レンズが砕け、基盤が床に散った。


「な、何すんですか!」


返す言葉も遮られる。

源次が襟首をつかみ、荒々しく引き寄せた。


「早く救急車呼ばねぇと、教授が死ぬ! 今すぐ行けッ!」


麟太郎は言葉を失い、ただ見開いたまま固まった。


――そのとき。


〈ジャリ……〉


鎖の軋む音。


誰も、声を出さなかった。

源次がゆっくりと振り返る。

麟太郎も、その肩越しに覗き込む。


部屋の中央。

怪物は相変わらず、鎖に絡まったまま、頭を垂れ、目を閉じて小さく揺れていた。


源次が低く呟く。

「……行かねぇなら、俺がお前を――」


「わ、分かりましたよッ!」

麟太郎が慌てて叫ぶ。


その瞬間――


部屋の中央、ほの暗い鎖の下で。

ぶらさがる怪物の顔――その“目”が、ゆっくりと……開きかけた。


そして、垂れ下がった左手。

その指先が――ほんのわずかに、ピクリと、動いた。


――◇――


「おれは、あれにガソリンをかけて燃やす。

 ……だから、あんたは早く――警察と救急車を呼んでくれ」


源次はそう言うと、親指で背後を指し示した。


部屋の奥で、日向が懸命に布を締めていた。

晒のように巻き付けた白布が、血でじわりと染まる。


呼吸の音だけが、部屋を満たしていた。


日向は手を止め、顔を上げた。

視線の先――首のない同僚の丹波が、

自分の“顔”を抱くように崩れ落ちている。


さらに奥、腹を穿たれた田辺博士の姿が目に入る。


……そのすぐそば。


蛍光緑の非常灯が、かすかに何かを照らしている。


それは、鎖に吊るされたままの怪物の下肢だった。

ただ吊られているだけなのに、まるで“そこに在る”だけで、空気が違った。


日向助手の視線が、その足からゆっくりと上に移動する。

太もも。腰。背中。肩。


――そして。


「きゃあぁぁぁーっ!!」



日向の絶叫が、沈黙を裂いた。


源次が反応して振り返り、彼女の視線の先を追う。

麟太郎も反射的にそちらを覗き込む。


部屋の中央――首無しの背中を向けていた“大きなそれ”が、

ギギ……ギギ……と音を立てながら、ゆっくりと――立ち上がった。


右肩に絡まった鎖を、左手で掴むと、次の瞬間――


〈ガツンッ!〉


力任せに引きちぎった。

天井が震え、鉄板がきしみ、空気がびりつく。


「げ、げぇぇぇぇっ……!」


麟太郎が顔を引きつらせながら、首を大きく左右に振った。

それはもはや、言葉ではなかった。

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