【1】 決死の布石、命でつなぐ一手
源次は、鉄のテーブルを盾に、怪物の攻撃を紙一重で受け止めていた。
金属と金属がぶつかり合い、火花が散る。
空気が焼け、硝煙のような匂いが立ちこめる。
その右手――怪物の少し背後で、田辺博士が動きを見極めていた。
無駄のない視線。科学者というより、まるで外科医のそれだった。
時貞はふと、壁際にいる麟太郎へと視線を向けた。
そして、何かを閃いたように、ニヤリと口元を歪めた。
――嫌な予感しかしない笑みだ。また叱られるパターンだ。
「あなたの目の前に、怪物の死体がありますね。台の上のやつです」
「これっ?」
麟太郎は両腕を切断された怪物の亡骸を指さす。
裂かれた腹の奥には、まだ温かそうな肉の色が残っていた。
「はい、それです。それです」
時貞は一拍おいて、真顔で言った。
「まず――中に入ってください」
「はぁ!?」
麟太郎の顔が一瞬で蒼ざめる。
「中に入って、切断部から両腕を出すんです!
ほらウルトラマンみたいに!それを“着る”んですよ!」
時貞は両手を輪にして、怪物の口に見立て、キラキラした目で覗き込む。
「そしてこうやって、怪物の口から顔を出してください」
麟太郎はパクパクと口を開けたまま固まった。
源次がため息をつく。田辺博士は無言で眉間を押さえた。
「これを着て、戦うんですか?」
麟太郎の声は、もはや悲鳴に近い。
「いやいや、戦うんじゃありません。――メスのふりをして、こう、お尻を振って――」
「教授ッ!!いい加減にしてください!!!」
源次の怒声が室内を貫いた。
鋭い爪がテーブルに突き刺さり、金属片が飛び散る。間一髪。
「ははは……ギャグですよ!ちょっと空気を――」
言い訳の途中で、再び源次に怒鳴られた。
「教授ォッ!!」
「わかりました!今度は真面目です!」
時貞が両手を上げて叫ぶ。
そして、壁の方を指差した。
「あなたの後ろにある、その配電盤を開けてください!本当に今度は作戦です!」
麟太郎は戸惑いながらも、壁際の灰色のボックスを開けた。
中には、無数のスイッチとケーブル。
「中のコードを辿って、あそこのレーザー装置に繋がってるやつを探してください!」
時貞の声は、今度は本気の響きを持っていた。
麟太郎は手探りでケーブルを追い、太い一本を見つけた。
「ありました、これです!」
「よし!電源を切って、それをレーザー装置から引き抜いて!
――そして、真ん中から裂いて二本に!」
彼の声は、もはや戦場指揮官のようだった。
麟太郎は電源を切り、力いっぱい両手でコードを掴んだ。
――そして、渾身の力で引き抜いた。
「ガツッ」
短い音が響き、それに繋がっていたレーザー機器がわずかに揺れた。
麟太郎は、手にしたコードを素早く手繰り寄せると、その先端を両側に引き裂いた。
ケーブルを裂くと、銅線が露出した。一本は黒、もう一本は白。
「できました!」
彼がそう叫んだ瞬間、時貞が指示を飛ばす。
「では、そのマイナスの一本を……あ、源さん、マイナスの色はどっちですか?」
「黒だ!白がマイナス!」
源次の声が返る。汗が滴り、床を染める。
怪物の攻撃を紙一重で躱しながら、彼が即答した。
金属と金属が擦れ合うような、硬質な音が響く。
「白いほうを、横の鉄柱に巻き付けてください!黒は持ったままで!」
時貞の声は、部屋の騒音を突き破るように響いた。
麟太郎は震える手で鉄柱にコードを巻き付ける。銅線が鈍く光る。
「源さん、怪物を部屋の中央へ――あの天井の鎖の下に誘い込んでください!」
その天井には、ウインチと鎖が何本もぶら下がっていた。
時貞の狙いに、源次は即座に気づく。
(そこに導電させるつもりか……!)
だが、怪物の猛攻は止まない。
今や源次はギリギリの足さばきで攻撃を捌いており、体勢は徐々に後退を余儀なくされていた。
――その時。
博士が動いた。
怪物の背後――影の中から、静かに姿を現す。
その手には、巨大な医療用クランプ。
挟まれているのは、怪物から剥ぎ取った“平爪”。鋭く光る即席の短剣。
時貞は、ふと気配を感じて顔を向けた。
次の瞬間。
博士が平爪を、バットのように横薙ぎに振り抜いた。
狙いは左の脇下――“唯一の弱点”。
空気を裂く一閃。だが――
怪物は、寸前で身をひねってそれを躱す。
ねじれた肉体が翻り、牙を剥いた顔がぬっと博士に向けられた。
その金色の小さな瞳が、ぎらりと光った。
「っ……!」
田辺博士は後ずさろうとした。
が、足元の椅子に足を取られ、バランスを崩した身体がぐらりと仰け反る。
両手で持った鉗子が無防備に掲げられ、胸元が――がら空きになった。
その刹那。
怪物の右腕が、うなりを上げて突き出された。
三枚の爪は閉じられ、まるで鋭い一本の槍。
それが、田辺博士の腹部を容赦なく突き抜けた。
「……ッッ!!」
遅れて、ぐしゃり、と湿った音が響く。
田辺博士の体が硬直する。立ったまま、動きを止めた。
その口からは、どろりとした血泡が溢れ、喉の奥でくぐもった音が漏れた。
瞳はかすかに震え、虚空を見つめたまま焦点を失っていった。




