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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第9話 貴公子の初陣

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【1】 覚醒するものと、狩られるもの

時貞(ときさだ)は、扉を乱暴に押し開け、採集室へ飛び込んだ。


「な、何だ……!?」


室内の異様な光景に、一瞬で言葉を失う。

足元に転がっていたのは――生首だった。


一体目は、流し場でうつ伏せに倒れている。首がなかった。

「おえっ……!」


二体目は、採集物の散乱した割れたテーブルの上に仰向けに倒れていた。

腹部が大きく抉れ、内臓がこぼれ出ている。

「お、おええっ……!」


三体目は、石箱の中。泥水に塗れた体が沈み込んでおり、やはり首が無い。

ただ――その手には、しっかりと携帯電話が握られていた。

「おっ、おっ、おえええぇっ!!」


――見事な三連発だった。


そして時貞は、自分の足元にしたたかに胃袋の中身を吐き出した。


顔を上げると、壁という壁には血が飛び散り、石箱から採取された遺物が、血の海の中に無残に散らばっていた。


彼は、採集室に四つ並んだ蛇口の一つに駆け寄り、腰を屈めて口をすすいだ。


ふと横を見ると――首のない死体がひとつ転がっていた。


「うぷっ……」

思わずこみ上げるものがあったが、何とか堪える。

もともと彼は、血や死体を見るのが大の苦手だったのだ。


そのとき――


「ギョェーッ!!」

解剖室から、女性の悲鳴が響いた。

時貞の肩に、びくりと力が入った。


(確か向こうには、レポーターの白鳥碧がいる)―――時貞は思い出した。



時貞は身体を起こすと、洗い場の鏡の前で、長い髪の毛を後ろで束ね直した。

ランボーのように、ゴム紐を堅く絞めて、胸を張って振り返った。


鏡に映る横顔が、さっきまでの悲鳴を上げていた男ではなかった。

そこにあったのは、冷静で、静かに闘志を宿した、戦う者の顔―――時貞の中の“男”が、いま目を覚ましたのだ。


「――行くぞ」


彼は首なし死体を飛び越え、解剖室へ飛び込んだ。


――が。


「うわっ、あららぁーっ!」


勢い余って、怪物の真後ろまで突っ込み、足がゼリー状の液体に滑った。


ツルリ。


両足が宙を舞う。


その瞬間だった。


怪物の右腕が反射的に振り上がり、後方で鋭く、空を裂くように弧を描いた。

――部屋の空気が二つに割れた。


次の瞬間、時貞は背中から盛大に落下し、床に尻を思いきり打ちつけた。


「いってェ~~~!!」


――凄まじく格好が悪い。


空中で、彼の長い前髪が、二つに裂けて宙を舞った。


それはまるで、鎌鼬(かまいたち)のように――鼻先すれすれを、何かが通過した証だった。


怪物は背を向けたまま、右腕の三枚爪――その外側にある、薄く鋭い平板が開いていた。

時貞の首は、まさに紙一重。あと少しで、胴体と永遠の別れを告げるところだった。


――だが、油断する間もなく、次の瞬間。


時貞のすぐ横にあった衝立が、〈スパッ〉という音と共に、上三分の一で水平に切断され――そのまま、真上から落ちてきた。


「うわぁっ!」


とっさに右腕で庇いながら、時貞は顔を上げる。


そのとき、目の前の大きな黒いシルエットも、こちらに振り返った。


背中だけを見ていたときは、「首の無い怪物」――そう思っていた。

だが今、こちらに顔を向けたその姿は――


なんと、胸の前に、大きな顔があったのだ。


金色に光る双眸。

歪んだ牙。

息を吸い込み、今にも咆哮を放とうとするような顔が、胸から生えていた。


「……獄禍(ごっか)!?」


――首なし武者。

時貞が、ずっと想像の中で描いていた“恐怖の象徴”が、目の前で具現化していた。


挿絵(By みてみん)


仁王立ちしているその姿は――

右手に出刃包丁、左手に生首を持ったナマハゲ、鬼そのものであった。




「ひぃえぇぇーっ!」


尻餅をついたまま、お尻を浮かせ、両手両足でジタバタと後退。

まるでひっくり返った蜘蛛。

そのまま床を滑りながら解剖室を転がり出た。


採集室へ転がり戻った時貞は、

手についたゼリーを壁にこすりつけながら、

魂が抜けたような顔で息を整えた。


解剖室にいた時間――わずか十秒。

だが寿命は十年縮んだ気がした。


「……死ぬ……マジで死ぬ……」


それでも、また走り出す。

解剖室とは逆――中庭へ飛び出す。


振り返る――怪物は追ってこない。


「……ふぅ……」


安堵した瞬間――


ドンッ!!


大きな影に正面衝突した。


「イタタタッ……!」


顔を上げると、胸板の厚い大男が立っていた。

髭をたくわえた――源次だ。


「源さん!」


源次は、倒れた時貞を片腕で軽く引き起こした。

「教授、どうしたんです!? 何があったんですか!」


時貞は震える指で建物を指した。

「か、怪物が……人を殺して……いま、中に……」


源次の眉がぴくりと動く。

手にしている拳銃の銃口で、後方を指した。


「警官が二人、その先で首を斬られてた。おそらく同じ奴だ」


その言葉に、時貞は青ざめた顔で叫んだ。

「げ、源さん! 戦車とか……無いですよね?!やっぱり現場には……」


振り返った源次の鬼のような顔に、時貞はビクッと肩をすくめ、言葉を飲み込んだ。


「教授は隠れててください」

少し呆れたような顔で走り出す。


「ば、バズーカとかも……!」


時貞のか細い声が背中に届いたときには、

もう源次の姿は、建物の中へと消えていた。



夜気がざわめく。

どこかで、時代の境界が軋んだ。

異なる時代が侵入し、この時代が怯えている。


――そしてここからが、本当の地獄の始まりだった。

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