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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第8話 過去から来た未来刺客?

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【3】 獣の袋と、保存された断末魔

同時刻――

諏訪湖畔の作業現場、その片隅。


仮設トイレのドアが、**きぃ……**と軋んで開く。

中から出てきたのは、晒を巻いた分厚い胸板に、

作業ズボン(ニッカポッカ)を履いた源次だった。


夜気が肌を撫でる。

見上げれば、昨日の雨が嘘のように――満天の星。

湖面は漆黒、丸い月がぼんやり揺れている。


彼はあくびを噛み殺し、湖畔に引き上げた石箱へ向かおうとした。


――その時。


足元で、何かを踏んだ。


「……ん?」


ぐらり。体勢を崩す。

暗がりに黒い丸いもの。石?


つま先で転がす。


じわりと伝わる――生ぬるい弾力。

ころん。


月明かりに照らされた“裏側”。


それは――顔だった。


石ではなく――人間の頭。


「うぇっ……!」


声を飲み込み、後ずさる。

が、足が何かに引っかかり、尻から転げた。


――グチャ。


尻の下でいやな音。

濡れたような潰れた感触。


視線を落とすと、闇に二つの影が転がっている。


「二つ……?」


震える手で、尻の下を探る。

掴んだのは――頭髪。


「……っ!」


源次は即座に、跳ね起きた。


月光が照らす闇の中。

目の前――それは警官の胴体だった。

一人は仰向け、もう一人はうつ伏せ。

そして、その両方の胴体に、首は、無かった。


彼の視線は、反射的に腰のホルスターに向かう。

慌てて膝をつき、必死に拳銃を抜こうとする。

だが革紐が絡みつき、なかなか外れない。


この暗がりに――

二人の警官を容易く惨殺した“何か”が潜んでいる。


……源次は、かなり焦っていた。





「保存袋?……なるほど、そういう事か」と、田辺博士がおもむろに呟いた。

人工的な爪と、頭の後ろにあるコネクター。―――それらが、この生首と、田辺博士の頭の中で、やっと結びついたようであった。


「この怪物は、もしかしたら、……歴史の捕獲者だったんじゃないかな」

博士の言葉に、誰もが何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込んだ。

それはあまりにも突飛で、しかし――ぞっとするほど“納得できてしまう”仮説だった。


「……捕獲者って?」

カメラのファインダーから顔を上げた麟太郎が、思わず問い返す。


「人間は、“学ぶ”生き物だ。そして同時に、“記録する”生き物でもある」

博士は、何かを見つめるように言葉を継ぐ。


「記録……って、思い出を、ビデオのように?」

「そうだ。“生きたビデオ”。」


「じゃあ……首じゃなくて、脳が目的だったってことですか?」

丹波が低くつぶやいた。

その声には、確信と、わずかな戦慄が混ざっていた。



〈ガシャーン!〉――その瞬間だった。


隣の採集室から、テーブルでもひっくり返したような激しい衝撃音が響いた。

それに続いて、男の悲鳴がこだました。


〈ガシャーン! ガシャーン!〉

連続する破砕音――壁をぶち破るような音とともに、建物全体が揺れる。


「な、何だ!?」

誰かが叫ぶ間もなく――


……次の瞬間、ぴたりと音が止まった。

室内には、耳鳴りのような沈黙だけが、残された。


静まり返った室内で――三人は、無言のまま顔を見合わせた。


少し離れた場所では、日向が怯えた目で、採集室へと通じる出入口をじっと見つめている。


「……何があったんだ?」


田辺博士が低く問いかけ、丹波に視線を送る。

丹波はわずかに首をひねりながら、困惑した表情で答えた。


「……分かりません。音の方向は……たしかに、採集室ですが……」


麟太郎は、出入口の方へビデオカメラを向けていた。

部屋中に、異様な気配が満ちている。息苦しいほどの沈黙――緊張が張り詰める。


そのときだった。

カメラのファインダーいっぱいに、黒い巨大な影が――突如、飛び込んできた。


あまりに至近距離だった。

麟太郎は、思わずカメラから顔を上げ、そして、凍りついた。


そこに立っていたのは――

黒くて、異様に大きな、あの『怪物』だった。


まるで仁王像のように仁王立ちし、

開かれた目の奥では、小さな瞳が、金色(こんじき)にギラリと光っていた。


とっさに麟太郎は、後ろのテーブルへ視線を投げた。

腹を裂かれ、両腕を切断された怪物は――確かに、まだそこに横たわっていた。


「じゃあ……二匹、いるのか?」

そう呟きながら顔を前に戻した、その瞬間。


「ギョェーッ!!」


――背後で、牛の首を絞めたような、かすれた悲鳴が響いた。

日向だった。酸欠の金魚のように口をパクパクさせ、ブルブルと震える指で、前方を指している。


その先に視線を向けて、麟太郎も息を呑んだ。

顔から血の気が引いていく――


そこには、黒い怪物が、左手で“人間の頭部”を鷲掴みにしていた。


ぐったりと揺れているのは、林の生首だった。

目を見開き、口からは血の泡を噴き、首の断面からは、まだ鮮血がぽたぽたと滴っている。


そして次の瞬間――


「グギャォォォォォー!!」


巨大な怪物が、テーブルの上に横たわる仲間を見つけ、

獣じみた咆哮を上げた。


その牙は、むき出しで――怒りと悲しみを剥き出しにしていた。




―――京の都を荒らし回った“鬼”とは、何者だったのか?

―――武田の領内を徘徊していた、“巨大な首なし武者”とは?

―――織田信長が、比叡山の穴の中で見たものとは?

―――“悪魔に心を売った”とされる信長が、比叡山の僧たちを皆殺しにした――その真意とは?


時貞の考察は、いよいよ最終段階に入っていた。

パソコンへの入力も順調で、画面には次々と調査結果と仮説が打ち込まれていく。

横では、一織がテーブルに突っ伏したまま、静かな寝息を立てていた。


そのとき――


採集室の方から、何かが激しく倒れるような大きな音が響いた。

時貞は、ハッとして顔を上げ、椅子から立ち上がった。



――いよいよ夜明けまでの、生き残りを懸けた25時間が。

 今、幕を開ける。

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