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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第7話 星空に静かに抱きしめる夜

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【6】 指の先、異物の中の論理

田辺博士は、穴の中で人差し指をゆっくりと回しながら、低くつぶやいた。


「……これはボタンではないな。――むしろ、“インターフェースのコネクター”に近い」


「えっ、それって……パソコンの後ろにある、ケーブルを繋ぐやつ、ですか?」

丹波が眉をひそめる。


「でも、……まさか……」


博士は、己の口から出た言葉にすら違和感を覚えていた。

だが、目の前の異形からはどうしても“人工的な意図”の気配が拭えない。


(命令を入力された生物……人間に制御された“生命体”?)

荒唐無稽な想像が頭をよぎる――しかし、それを完全に否定できなかった。


「この怪物にコンピュータを繋いで、何らかの指示を送ったのか。

 あるいは、逆に情報を収集させていたとか……」


丹波が言葉を探るように口にすると、田辺博士は沈黙したまま、目を細めて考え込んだ。

日向は口をつぐんだまま、二人の後ろで会話をじっと聞き続けている。


「そんな大掛かりなものじゃなくて……たとえば、人間の言葉を信号に変換して、怪物が理解できるようにしていたとか……」

そうつぶやいた博士の表情には、明らかな迷いが浮かんでいた。

今まで数え切れないほどの生物を解剖してきた田辺博士でさえ、今回ばかりは、頭の中が静かにかき乱されていた。


麟太郎のカメラが、その醜怪(しゅうかい)な顔を静かに記録していた。

レンズ越しの異形の顔は、まるで長い眠りから目覚めようとしているようだった。

凝視していると、いつその瞼が開いてもおかしくない――そんな錯覚すら覚える。


「……でも、不気味ですね」

日向がそっと呟き、ビニール手袋をした手で、恐る恐る顔の頬に触れた。

その手つきは、まるで猛獣の寝息を確かめる飼育員のように慎重だ。


丹波は、ちらりと彼女を見たが、黙って視線を戻した。

彼の眼鏡の奥の瞳は疲れきっていた。

どんな鋭利なメスを使っても、外皮には傷ひとつ付けられなかったのだ。

最も切れ味の鋭いノコギリ状の刃すら、石の表面をなぞるように滑り落ちるだけだった。


「博士……だめです。皮膚が硬すぎて、傷ひとつ付きません」


博士は顔を上げ、額に深い皺を刻む。

「……レーザーを使ってみなさい」


丹波が頷き、装置の準備に取りかかる。

日向も黙ってケーブルを繋ぎ、メーターの針を上げていく。


博士はその間、怪物の右腕を万力で固定し、三枚の巨大な“爪”をこじ開けようとしていた。

――この異様な突起に、彼がここまで執着するのには理由があった。

どう見ても“自然の産物”ではない。


爪の表面には、どこか人の手が加えたような、意図的な造形の痕跡があった。

自然界の形とは本来、不定形だ。

水も火も、木や山も――ひとつとして同じ形を持たない。

もちろん、人間の体だって例外ではない。


それに比べ、人工物の形状はすべて“理”のもとにある。

直線と曲線、角度と比率――それらの整合こそが、設計という意思を証明する。

高層ビルでも、自動車でも、文字でも、すべては“整えられた線”でできている。


博士はその爪を見ながら、ふと胸の奥にひっかかる感覚を覚えた。

(……この形、どこかで見たことがある)

思い出したのは、ある芸術家が描いた“想像上のUFO”のスケッチだった。

滑らかで、均整の取れた銀の円盤――あの異様な“整いすぎた曲線”に、似ていた。


腕の内側に取り付けられた二枚の爪は、なめらかなアールを描き、まるでボートの底板のような精緻な湾曲をしている。

体から離れた肘側に延びるもう一枚は、やや反り返る平板で、巨大なトンボの羽――あるいは古代の装飾剣のようでもあった。


三枚が閉じ合わさることで生まれる、バラの花びらを思わせる先端のフォルム

その滑らかさと完璧な対称性は、自然の“偶然”ではなく、何者かの“設計図”を感じさせた。


博士は思わず息を呑んだ。

――あの絵を思い出したのには、もう一つ理由がある。


それは、この爪の“色”だ。


タワシで洗い上げ、苔と水藻を取り除いたその表面は、まるで金属のように鈍い銀色を放っていた。

周囲の皮膚は、タイヤのように黒く、濃緑を帯びている。

それなのに、この爪だけは明らかに異質だった。


――金属のようだが、まったく光を反射しない。


それは、まるで生物に“後から取り付けられた”装甲のようだった。


(こんな構造のまま成長するはずがない……これは、生まれながらの形ではない)


博士の喉が、ごくりと鳴った。

理屈ではない、純粋な“恐怖”が脊髄を走った。


そのとき――

焦げるような臭いが博士の思考を中断させた。

振り返ると、丹波の持つレーザーメスが、怪物の堅い皮膚にわずかに焼き痕をつけていた。


隣で日向が電圧の目盛りを上げている。

機器の作動音と焦げた匂いが、実験室の空気を静かに満たしていた。



そしてこのとき――

開いた腹の中から、五百年の時を経てなお――

**腐敗を拒み続けた“歴史の異物”**が流れ出してくることなど、

誰も想像すら、していなかった。

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