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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第7話 星空に静かに抱きしめる夜

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【4】 解剖室、異形の胎動

諏訪湖は、静寂の闇の中にすっぽりと沈んでいた。

石箱を照らすライトの明かりで、湖面にわずかに揺れる波が、かすかにきらめいている。

遠くの山影も黒く溶け、空には鈍くまたたく星の群れが、水面の延長のように広がっていた。


その石箱のすぐ脇――作業員宿舎の裏手。

仮設トイレの並ぶ暗がりで、現場責任者・羅生門 源次(らしょうもん げんじ)は、

ひとり煙草をふかしていた。

紫煙は、ドアの隙間から夜気へ抜け出し、やがて、湖の方角へと消えていった。



古代生物学者・田辺博士たちは、解剖室で作業を続けていた。

傍らでは、カメラマンの麟太郎が無言でビデオを回し、

額には細かな汗が浮かんでいる。


鉄筋で強化された柱――それに続く天井から垂れ下がる鎖。

フグのように吊り下げたまま調査できるよう、

あらかじめ備えられた設備だった。

まるで――“異形”が現れることを、

誰かが最初から知っていたかのように。


金属台の上に横たわる“それ”は、

熊にも、ワニにも似ていた。

だがどちらでもない。

体長は二メートルをゆうに超え、

毛一本ない皮膚は、硬く、黒く、鈍く光っている。

腐敗の兆しは一切ない。

死んでいるはずなのに――まるで、まだ“保たれている”ようだった。


その頭部の位置が、まずおかしかった。

首の上ではなく、肩と肩のあいだ。

胸の中央から、前へ食い込むように突き出ている。

まるで、猫背のせむし男が顔を突き出しているかのようだ。


肩は異様に盛り上がり、

首のあるべき場所には、ぽっかりと深い窪みとなっていた。

両腕は長く、膝に届くほど。

熊のように太い脚は短く、

それでも――二足歩行が可能だったと、博士は判断した。


左手の指は三本。

短く太く、先には鋭い爪。


足の指は四本。

地を掴むような形をしている。

だが、右腕だけが違っていた。


肘の先から金属質のカバーに覆われ、

三枚の爪状の板が組み合わさって、

右手を覆うようにぴたりと閉じられている。

――その内側に何があるのか、誰にも見えない。


麟太郎のカメラが低い位置から徐々に死骸をパンしていく。


――顔は、恐ろしく静かだった。

目は閉じ、鼻は低く広く、口は大きく開いている。

上下の歯列には、びっしりと鋭い牙。

とくに、下顎の両端から突き出す二本の牙は、

まるで獣の“印”のように鋭かった。


耳は頭の上部から、コウモリのように逆さに垂れ、

顔には――まるで皮膚が縮んだように、皺が額から頬にかけて幾重にも走っていた。


体には三本の矢が突き刺さっていた。

二本は朽ちて、鉄の鏃だけが残る。


だが、左脇の下に深く刺さった一本だけは、

いまも肉の中に沈んでいた。

その矢こそが、唯一の致命傷に見えた。


田辺博士は、その右腕を凝視した。

生物としての構造が、あまりに奇妙だった。

まるで人の手を、外殻で覆い、封印したような――。

「……右腕の中を、見なければならないな」


そう呟いたとき――


「博士! これを見てください!」

丹波の声が響いた。

怪物の頭部を調べていた彼が、手元を指さす。


田辺博士は歩み寄り、身を屈めた。

「どうした?」

「ここです。耳の後ろに――」


博士は目を凝らした。

その“耳”の後方に、小さな丸い穴が開いていた。

まるで、それは機械の部品のように滑らかだった。

肉の孔ではない。

何か――“人工の構造”だった。


彼は眼鏡を外し、

ハンカチでレンズを丁寧に拭くと、

再びかけ直した。


胸ポケットから取り出したペンライトをくるりと回し、

その小さな孔に光を差し込んだ。

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