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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第7話 星空に静かに抱きしめる夜

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【2】 比叡山の穴と、魔王胎動

プレハブ本部棟の最奥――歴史考古学調査室。


時貞は、信玄関連の古文書に視線を落としたまま、静かに思索に沈んでいた。


ふと顔を上げると、一織がテーブルに両肘をついた姿勢でうつらうつらと眠っている。

――昔から、彼にだけ見せる無防備な寝顔は変わらない。


「……ぞい、ぞいぞい……」


小さな寝言に、時貞は思わず微笑む。

そっと立ち上がり、背もたれに掛けていた上着を取り、彼女の肩にかけてやった。


連日の寝不足がたたったのだろう。

かすかな吐息とともに、テーブルに身を預けて眠り込んでいる。

大地が揺れても、頭上にジャンボジェットが落ちてきても――起きる気配は、ない。



七冊の古文書のうち、ひときわ異質な一冊がある。

背表紙には、こう記されていた――『第六天魔王(だいろくてんまおう)・織田信長』。


信玄の系譜を優先していた時貞は、この一冊の解読を外部業者に委託していた。

そして昨夜、解析報告が届いた。


ノートパソコンを開き、USBメモリを読み込む。

――次の瞬間、時貞は小さく息を呑んだ。


そこに記された内容は、他の文書とは明らかに“色”が違っていた。

彼は画面に解析内容を固定したまま、テキストウィンドウに補足事項を打ち込み始める。



――◇――


元亀二年(1571)、九月十二日。

織田信長は、比叡山延暦寺に対して焼き討ちを敢行した。


延暦寺は天台宗(てんだいしゅう)の総本山で、平安京の皇城(こうじょう)の東にあり、構図は東塔、西塔、横川の三塔を中核とした宗教都市でもあった。


かつて修行の山であったその聖地は、時代とともに腐敗しきっていた。

その行状は僧侶というよりも、権力と武力を持った暴徒であった。


延暦寺の僧侶たちは、戒律(かいりつ)など屁とも思わず、女を山中へと引き込み、稚児(ちご)の尻を愛でて耽溺(たんでき)する。

さらに、般若湯(はんにゃとう)と称して酒に溺れ、酩酊したまま山下(山の麓)の村々で乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働く。

その姿は、清貧や修行とは無縁の、まさに武装した無頼集団(ぶらいしゅうだん)であった。


信長は、この比叡山を攻め入った際、地下にあった深い穴の中で、何かを見つけた。

その直後、比叡山の僧俗・男女あわせて三千人を、躊躇なく皆殺しにする。

そしてこれを機に、信長は自らを『第六天魔王』と名乗り、以後、その行動は次第に残忍さを増していく。



―――その二年後。


◆天正一年(1573)

 ・四月十二日〈武田信玄が死亡〉

 ・四月十五日〈諏訪湖に、大きな石箱を沈める〉

 ・八月十八日〈朝倉義景、山田荘賢松寺で自刀。義景、四十一歳〉

 ・八月二十七日〈浅井長政、久政、小谷城で自刀。長政、二十九歳〉


◆天正二年(1574)正月

 岐阜城にて、信長は義景・長政・久政の頭蓋の薄濃(はくだみ)(朱に塗り金粉を施した髑髏杯)を参賀の客に示し、酒を掲ぐ――。


――◇――


時貞は他資料で得た事実も織り込みながら、なお指を止めない。


「……信長は、比叡山で“何”を見てしまったのか?」


問いが胸の底へ沈むほどに、時貞の表情は陰りを帯びていく。


比叡山の穴、京で暴れた鬼(獄禍)、信玄の突然の死、諏訪湖の石箱、そして“第六天魔王”の誕生――。

歴史の縫い目の奥で、同じ闇が脈打っている気がした。

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