表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第6話 信長の鬼伝説と信玄死の謎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/44

【3】 古文書に眠る鬼・獄禍

プレハブ造りの本部棟、その最奥――

「歴史考古学調査室」と名付けられた一室で、時貞と一織は古文書の解読作業を続けていた。


松本市の旧家の土蔵から発見された、あの七冊の古文書。

五百年の眠りを経て、今ふたたびその頁が、静かに二人の前で開かれていた。


時貞は、慎重にその内容を読み解きながら――

石箱がなぜ諏訪湖に沈められたのか。

そこに何が封じられているのか。

そして――その行為に込められた“理由”を明らかにしようとしていた。


どんなものが箱の中から現れようと、それをただの“偶然”や“伝説”では終わらせないために。

確かな裏付けを、この手で掘り当てなければならなかった。


時貞は紙コップのアイスティーをひと口飲み、向かいの一織を見る。


一織は、椅子に寄りかかりながら大きなあくびをひとつ。

眠そうな目をこすりながら、ちらりとこちらを見やった。


ここ数日――

二人は、ほとんど眠らずに、この作業に没頭していたのだった。


――◇――


「元亀元年。京の都で“獄禍(ごっか)”と呼ばれる鬼が暴れた、という記述がある」


時貞は静かに読み上げた。

それは、箱とともに発見された文書の中でも、最も古い一冊。

武田信玄の資料よりもさらに古い筆致、明らかに別系統の書だ。


「鬼の獄禍?」

一織が眉をひそめる。


「ああ。比叡山の僧たちがこれを退治した、と書かれている」


「鬼って……河童とか人魚みたいな想像上の生き物じゃないの?」

そう言って、一織は額に指で角を作る。


「一織の鬼は、ずいぶん可愛いね」

時貞は小さく笑い、ページをめくった。


「でもさ、恐竜やマンモスがかつて実在していたように――鬼や竜も、全くの作り話とは言い切れないと思わないか?

現実にその“生き物”がいたかどうかはともかく、何かしらモデルになった存在や、似た姿をしたものがいても不思議じゃない」


「うん……」

一織は微妙な表情を浮かべながら、曖昧に頷いた。


「すべて人間の想像だけで生み出したにしては――鬼って、あまりにも完成されすぎてるとは思わないか」

時貞が、ふと呟くように言った。


「ジュゴンが人魚のモデルだったみたいに?」

「そう。たとえ実物が存在していなくても、“それっぽい何か”がモデルとして存在していた可能性はある」


「じゃあそれが……大昔の京の都で暴れていたってわけね」

一織は腕を組み、思案顔を見せた。



「そう。そして、ここからが面白いんだ」

時貞の声が、少しだけ熱を帯びる。


「確か、武田家の資料の中に、“鬼”の字がついた名馬が出ていた」

彼は、机上の分厚い歴史辞典を手繰り始めた。

ページをめくる音だけが、部屋の静寂を切り裂いていく。


「鬼の字?」


やがて時貞の指が止まった。

その先――武田信玄の父・信虎の項目に、目が吸い寄せられていた。


「……天文二年。春信――つまり信玄が十三歳のときだ。

 彼は、父の秘蔵だった名馬『鬼鹿毛(おにかげ)』を所望している。

 元服しても、武田家に代々伝わる御旗や“盾無の鎧”といった家宝は、家督を継ぐときに頂くべきだと断った。

 だが――鬼鹿毛だけは、執ように懇望(こんもう)したとある」


「十三歳で? しかも鬼の名の馬?」

一織がページを覗き込む。


「“鬼鹿毛とは、宇治川の先陣争いで有名な風見高綱の『生月(いけづき)』、藤原景季の『摺墨(するすみ)』にも劣らぬ駿馬(しゅんめ)である”――と、ここにある」


時貞は指で文をなぞった。

「十三歳の春信は、家宝よりも“鬼の名を持つ馬”を欲した。

 父・信虎はそれを許さなかった。……おそらく“文字”にこだわりがあったんだ」


「文字に、こだわり?」


「ああ。たとえば、武田の重臣たち――山県、馬場、内藤。

 彼らの名にはすべて“虎”の字がある。これは信虎が与えた字だ」


「へぇ……“虎の家臣”か」

一織は小さく笑い、眠そうな顔で資料を見下ろした。


時貞はふっと笑って言う。

「つまり信虎は、“虎が鬼に乗る”ことを理想としていたのかもしれない」


「つまり、信玄パパァって、“虎を従える鬼”が最強ってことね!」

一織は手を広げ、妙に楽しげに言った。

「戦国バトルアニメだったら、ラスボス確定よね!」


「……ぱ、ぱぁ……」

時貞は苦笑いしながら、何度か首を横に振った。


「……てか、戦国時代って、“パパァ”って呼んだら、即切腹とかないよね?」

一織が不安そうな顔で時貞を見た。


「いや、一織が武田家に生まれてたら、三日で縁側送りにされてる気がする……」


時貞はため息をつき、気を取り直して言った。

「たぶん信虎は――昔、京で暴れた“鬼”を実際に見たか、あるいは“鬼”の強さを耳にしていたんだろう」


「それ、有り得るよ! だって武田家の記録に“鬼”が出てくるくらいだもん。

 一番偉い“信玄パパァ”が知ってても全然不思議じゃない!」


得意げな一織に、


「……ぱぱぁ、ねぇ……」

時貞はもう一度、小さく首を横に振った。



――だが、この夜、彼らはまだ知らなかった。

架空の鬼――“獄禍”という名が、まもなく現実になることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ