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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第6話 信長の鬼伝説と信玄死の謎

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【1】 石箱、開封せよ

湖畔に引き上げられた巨大な石箱――


その石蓋の両隅。

諏訪湖から見て左側にあたる二ヵ所に穴を開け、

そこへワイヤーを通し、クレーンのフックに掛ける。


右手に並ぶ二基の巨大なクレーンが、

それをゆっくりと持ち上げていく。


ゴゴォォォ……グゥゥゥウ……ッ――


地鳴りのような、軋みと唸りを孕んだ重低音が、

現場全体を震わせる。


数トンはあろうかという、一枚岩の平石が――


左から右へ。


ゆっくりと。


しかし確実に、

その口を開いていく。


――そのとき。


どこからともなく。


遠い昔――戦国の世から、

滲み出してきたかのような、

血と鉄の匂いが、かすかに漂った。


獣と汗が入り混じる、

湿った革鎧の臭気。


刀を抜き放つ、気配。

氷面を蹴る、足音。


鋼がぶつかり、

怒声が裂け、

馬が(いなな)く。


耳の奥で――


それらが、ほんの一瞬だけ蘇った気がした。


まるで。


五百年前。


この箱に封を施した者たちの、

最期の気配だったのかもしれない。


それが――


石の隙間から、

静かに、こぼれ出してくるように。


やがて石蓋は、

ゆっくりと箱の右端で垂直に立ち上がり、

ぴたりと静止した。


湖側から見れば、それはまるで――


八ヶ岳の稜線を背に。


横一文字に広がる山影を従えた、


巨大な逆L字の構造物のように、

そこにそびえ立っていた。


開いた蓋の上に積もっていた土砂が、


ズル……ズル……と、

滑るように崩れ落ちる。


そのとき。


石蓋の裏側――


土の下から、

四つのひし形が、かすかに姿を現した。


蓋の中央に穿たれた小さな円孔からは――


静かに、諏訪湖の空が覗いている。


その瞬間。


観覧エリアの人々が、一斉にどよめいた。


報道カメラのフラッシュが雨のように弾け、

「歴史的瞬間です!」と叫ぶレポーターの声が重なる。


高揚と混乱の熱気が、

湖風に乗って、場を押し流していった。



石蓋を引き上げているクレーンとは逆側――


左手の二基に、龍信と源次が乗り込む。


その操縦席から見下ろすと。


湖畔に引き上げられた巨大な外箱の内部は、

まるで水を抜いたプールのように、空洞をさらしていた。


側面に等間隔に開けられた小さなドリル孔。


その高さまで、湖水は抜けていた。


その中央――


さらに一回り小さな石箱が据えられていた。


外箱の底部中央を、

その寸法に合わせて正確に削り取った凹み。


そこへ、ぴたりとはめ込まれている。


完全な固定。


微動だにしない。


五百年前の職人技が、

そのまま形になったような精度だった。


その周囲には、がらんとした空洞。


他には何もない。


ただ――


所々に、泥の塊が

こんもりと盛り上がっている。


外箱内部の本格的な調査は、

明朝、陽が昇ってから行われる予定だった。


さらに――


垂直に立てられた石蓋の内側。


内箱に対応する寸法で、

正確に正方形の凹凸が刻まれている。


それは、この蓋もまた、

内部の箱を上から押さえ込む役目を果たしていたことを示していた。


やがて。


龍信と源次が、

内箱のワイヤー固定を確認する。


次の瞬間。


二基のクレーンが、

ゆっくりと内箱を持ち上げた。


湖畔に据えられた巨大な石箱――


その建物側には、レールが伸びている。


その上に――


トロッコ状の平板の台が、静かに待っていた。


二人は息を合わせ、

慎重にクレーンを操作する。


内箱は。


音もなく。


その上へと降ろされた。


“一回り小さな”とはいえ――


一辺七・五メートル四方。

高さ、およそ二・八メートル。


材質は、外箱と同じ、硬質な岩石。


まさに――石の棺だった。


トロッコは電動で引かれ、

レールの上をゆっくりと進んでいく。


プレハブ造りの本部棟へ。


その中へ――


石箱は、静かに姿を消していった。



プレハブ内。


広い採取スペース――


『内箱収容区』。


――通称。

《棺受けの間》。


その天井からは、

太い鎖がいくつも垂れ下がっている。


石箱はトロッコからその鎖へと繋ぎ替えられ、


室内中央に掘られた大きな穴の中へ、

慎重に下ろされていった。


沈む。


鉄の鎖が、わずかに軋む音だけを残して。


そして――


中庭に面した外壁。


碧が訪れたときには開け放たれていた、

小型飛行機の格納庫を思わせる巨大な木製の二枚扉が。


今――


ギギィ……


重々しい音を響かせながら、

両端から、ゆっくりと閉じられていく。


光が、細くなる。


やがて――


完全に、閉ざされた。



十八時――。


報道は、ここで打ち切りとなった。

西の山稜に夕陽が傾き、

湖畔は、ひときわ長い影に包まれる。


建物の周囲には黄色いテープが張られ、

立ち入り禁止の札が次々と掛けられていった。


見学に来ていた地元住民は、

興奮の余韻を残したまま、少しずつ湖畔を離れていく。


報道クルーたちも、機材を畳み、

蜘蛛の子を散らすように中継車へと乗り込んでいった。


――やがて、誰もいなくなった。


雑木林に囲まれた湖の裏手は、

再び静寂に支配される。


国道を行き交う車のライトが、

遠くで瞬いた。


世界中を巻き込み、

一瞬だけ熱を帯びた湖畔は、


いま、何事もなかったかのように――


深い夕闇の中へと、

静かに溶け込んでいく。


戦国の世から届いた石箱は、

まだ――何も語らない。


その湖面を漂う影が、


誰にも気づかれぬまま、


わずかに――


息を吹き返そうとしていた。

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