表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第4話 箱の引き上げとやんちゃ姫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/46

【4】 石箱浮上、そして無言の距離

昼食が終わり、

いよいよ石箱の引き上げ作業が始まった。


湖畔にそり出した四基の大型クレーン――

前後二基ずつが、ゆっくりと唸りを上げ始める。


クレーンの下に敷かれた分厚い鉄板が、重みにきしんだ。

四本のワイヤーは、空高く、うねるように引き上げられていく。


「ついに、五百年の眠りから――!」


碧はカメラに向かって、興奮ぎみに実況していた。


「今、その石箱が……浮き上がりました!」


水面から、巨大な箱の姿がじわじわと現れる。

その圧倒的なスケールに、観客の間からどよめきと歓声が湧いた。

ドリルで開けた穴からは、泥水が激しく噴き上がる。


四基のエンジンが、呻くような轟音をがなり立てる。

クレーンの鉄のアームが、一斉にしなり、唸るように軋んだ。


――ゴウン。


巨大な箱が、湖面に水滴を弾きながら、僅かに空中に浮き上がる。

その瞬間、一際(ひときわ)大きな歓声が現場を包んだ。


側面のドリルで穿たれた孔からは、泥水が激しく噴き出し、――幾分箱は軽くなった。

石箱は今、まさに五百年の沈黙を破り、現代へと姿を現した。


――◇――


湖上では、別班が気球シートの回収に入っていた。


――そのときだった。

濁った湖の中央、水底の泥の奥から、何かが――ゆっくりと浮かび上がろうとしていた。


それは、長く泥にめり込んでいた。

石箱の真下に押し潰され、五百年ものあいだ閉ざされていた“何か”。


箱がどかされ、ついに自由を得たその存在は、優に二メートルはある黒い塊。

まるで熊のような巨体だった。


目は閉じたまま、動きもない。

だが、それは確かに――水中を静かに、ゆっくりと浮上していた。


そしてついに、水面へと浮かび上がる。

……その瞬間を、誰一人として気づいてはいなかった。


――◇――


石箱は今、空へ持ち上げられようとしていた。

四基のクレーンが呼吸を合わせ、

巨大な“手”のように、ゆっくりとそれを掴み上げる。


息を呑む観衆。

石箱は地上スレスレを滑るように、

湖から陸へ――そして中庭の中央へ。


源次たちは、幾度もシミュレーションを重ねたその手順を、

寸分違わぬタイミングで実行していた。


やがて、石箱は指定位置の中央に降ろされる。

重低音が地を震わせ、鉄と石が擦れる音が辺りに響く。


「――OK!」

源次の号令が飛ぶ。


観客席から、どっと拍手と歓声。

緊張した空気が、一瞬に解放された。


作業員たちが一斉に動き出し、ワイヤーを外していく。


――◇――


その間を縫って、龍信がクレーンの操縦席から降りてきた。

鉄のはしごを一段ずつ踏みしめるたび、地下足袋の底が鉄板を擦る。


ヘルメットを脱ぎ、汗に濡れた髪を指でかき上げる。

日焼けした額を伝う汗が、首筋をつたってつうっと落ちた。


「お疲れ様」

碧が駆け寄り、そっと刺繍入りのハンカチを差し出した。


龍信は一瞬だけ顔を上げ、碧とハンカチに目をやる。

しかし、そのまま受け取らず、わずかに視線を逸らした。


「……彗!」


背後のクレーン付近に、低く通る声を飛ばす。

ニキビ面の若い作業員が「はいっ!」と手を挙げ、走ってきた。

汗まみれの作業着が風にひるがえる。


「煙草、あるか?」


「へいっ!」

彗はポケットを探りながら笑顔を浮かべる。


碧の指が、ブレザーのポケットの中の箱に触れた。

そこには――煙草。

けれど、もう出す気はなかった。


彗は、龍信の横に並び、しわくちゃになった箱を取り出す。

龍信はそれを受け取らず、顎で合図を送る。


――その手は、泥と油にまみれ、爪の奥まで黒ずんでいた。


彗は、くにゃりと曲がった一本を抜き出し、龍信の唇にくわえさせる。

銀色のオイルライターを片手で弾き、火をともした。


ボッ――と小さく炎が揺れ、紫煙が風に溶けていく。

龍信は深く吸い込み、目を細めた。


「源さん!」

前を通り過ぎようとした源次に、煙草をくわえたまま、声を掛ける。


すぐに、源次が足早に近づいてくる。

白いヘルメットの下の額には、汗が光っていた。


「二号機の安吉が、ギヤの調子が悪いって言ってます」

龍信の言葉に、源次が無言で頷く。


「ちょっと、見てやってもらえますか」

そう言いながら、二人は二号機のクレーンの方へ歩き出した。


彗が一瞬だけ碧に目をやると、どこか気まずそうに後を追っていく。


彼女の手の中では、煙草の箱が静かに潰れていた。


(もう、絶対許せない。――さっきは庇ってあげたのに)

碧は完全に無視をされて、そして完全に頭にきた。


――◇――


そのとき――

遠く、湖の方から“何かの気配”がした。


碧は、反射的に振り返る。

湖面には小さな波紋がいくつも広がり、

白い泡が、ぽつり、ぽつりと浮かび上がっていた。


「……気のせい?」


風が止まり、空気がぴたりと張りつめる。

どこかで、微かに――低いうなりのような音が、湖から響いていた。


まるで、

“意志を持つ何か”が、五百年の眠りから静かに目を覚まそうとしているかのように。


そして――


湖の中央に浮かび上がった黒い物体が、音もなく、湖畔へ向けてゆっくりと流れ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ