2
日向ヶ原で迎える初めての朝は、光の洪水だった。
玄関を出た瞬間、思わず目を細める。
灰街の朝光なんて“ほぼ無色”だったけど、ここの太陽は金色だ。
空気中の粒子がキラキラと舞って、葉が自然に開こうとしてしまう。
「……ほんとに毎日こんな感じなんだろうか」
胸に手を当てると、鼓動がいつもより元気だ。
日照に慣れてないから、少し緊張と高揚が入り混じる。
通学路は、灰街の狭い路地とはまるで違っていた。
左右に並ぶ“葉道”と呼ばれる歩行者用の細道には、大小さまざまな植物系の生徒たちが歩いている。
青々とした葉、鮮やかな花、堂々と伸びる蔦──
これが上位層の色彩か、と圧倒される。
「おはよー! 今日も最高の日照!」
「昨日より2LUX高かったんだよね〜!」
ずっと聞いたことのなかった明るい挨拶が、そこかしこから飛んでくる。
……灰街じゃ、“今日のLUX”なんて誰も気にしてなかったのに。
校門の前に着くと、巨大なアーチが目に入った。
半透明の樹脂でできていて、朝日が当たると虹色に光る。
その奥に見える校舎は、外壁が全面光反射構造。
まるで巨大な花のように太陽へ向かって開いていた。
──日向台学院。
これが、俺の新しい学校。
校門をくぐった瞬間だった。
「きゃっ!」
誰かとぶつかった。
軽い衝撃。慌てて前を見ると、一人の女子生徒が尻もちをついていた。
「あっ、ご、ごめん!」
急いで手を差し出す。
彼女は驚いたように瞬きをしながら、その手を取った。
その瞬間──
ふわっと、甘い香りがした。
花の香り。いや、彼女自身の“開花前フェロモン”だろうか。
「……えっと、大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう。びっくりしちゃっただけ」
立ち上がった彼女は、光を浴びて葉先が透明に輝いていた。
髪は淡い黄緑色で、朝日に照らされるたびきらりと光る。
制服の胸ポケットには、ピンク色の小さな蕾が揺れていた。
上位層特有の、明るく鮮やかな色彩。
眩しくて、声を失った。
「もしかして、新入生……だよね?」
彼女は首をかしげながら言った。
その表情は、人懐っこい猫みたいに柔らかい。
「う、うん。今日から転入で……灰街の方から」
そう言った途端、彼女の目がぱっと開いた。
「灰街!? 本物? 初めて見た!」
「え、あ……うん、本物……だと思う」
恥ずかしくて耳が熱くなる。
彼女は俺の葉をじっと観察して、うんうんと頷いた。
「色は薄いけど……形はすっごく綺麗。ちゃんと育てた葉なんだね!」
褒められ慣れてない言葉すぎて、どう反応していいかわからない。
「私は陽葉! 二年一組だよ!」
「俺も……二年一組。ルイ、です」
「同じクラス! よろしくね、ルイ!」
そう言って笑った陽葉の笑顔は、太陽より眩しかった。
──この子と同じクラスか。
この世界で最初に出会った同年代。
なんだか、ちょっとだけ運命みたいだと思ってしまった。
■ 転校初日の教室
陽葉に案内される形で、二年一組の教室に入った。
扉を開けた瞬間、空気の密度が変わる。
教室全体が、光に満ちている。
俺の知っている“部屋の中”ではない。
天井の一部は透明樹脂、窓は全方位太陽光を取り込む構造。
まるで温室みたいだ。
そして、生徒たちの葉色が……本当に眩しい。
黄緑、濃緑、青緑。
元気で、鮮やかで、瑞々しい。
灰街では一生見られない色ばかりだった。
「転入生、来たみたいよ」
「噂の灰街出身?」
「へぇ、本当にいるんだ……!」
こそこそと声が聞こえる。
俺は一瞬足が止まったけど、陽葉が背中を軽く押してくれた。
「大丈夫だよ。みんな優しいから」
その言葉で少しだけ勇気が出る。
教壇の前に立つと、担任の先生がにこやかに頷いた。
葉の色が深い、熟成した大人の緑だ。
「それでは、今日から二年一組のクラスメイトになる転入生を紹介する。前へ」
……来た。
俺は深呼吸をして、一歩前へ出る。
「灰街から来ました、ルイです。えっと……よろしくお願いします」
一瞬の静寂の後、教室がざわめいた。
「灰街……すごい」
「本物だ……!」
「こんな薄色の葉、初めて見た……!」
その声には差別的な色もあったけど、好奇心の方が強かった。
そして──
「ルイ、こっちこっち!」
陽葉が明るく手を振って、自分の隣の席を指した。
その笑顔に救われて、俺も自然と足が向いた。
席に着いた瞬間、窓から朝日が差し込む。
俺の葉がふるふる震えて、久しぶりに暖かく開いた。
灰街では、こんな感覚、一度もなかった。
──ここから、俺の新しい青春が始まるんだ。




