やかん横丁
カップ麺できましたよ。
深夜、霧雨が降る路地裏の屋台で白髪のおばあちゃんがやさしく声かけた。
僕がこの「ヤカン横丁」を見つけたのは、ほんの数分前の事。のれんをくぐると、小さな屋台が三軒並んでいた。
深夜だけにあらわれる、不思議な屋台街。
一番手前の屋台に僕は腰を降ろすと、おばあちゃんがたずねてきた。
「見慣れない顔だね、初めてかい?」
「ええ、まあ・・・」
「そんなら、おすすめは、いかがかな?」
「はい、じゃ、お願いします」
おばあちゃんは慣れた手つきでカップ麺にお湯を注いだ。
ただのカップ麺なのに、なぜか特別な儀式を感じた。
湯気が立ち上がり、屋台全体を包み込んだ。
「三分待つんだよ、その間に、今日の一日を聞かせてちょうだい」
突然の質問に戸惑いながらも、僕は口を開いた。
「最悪で、会社で大きなミスをしてしまい、上司に怒鳴られ同僚たちにツメタイ視線を浴び、その帰り道雨に降られ、ぼーとしてたら、ここにたどり着いたんだぁ・・・」
「そうかい、そうかい」
おばあちゃんは相槌をうちながら、カップ麺のふたを開けた。湯気と共に、懐かしい香りと醤油の香ばしさとだしの匂いが漂った。
「さぁ、召し上がれ」
一口すすった瞬間、不思議なことが起きた。
スープが喉を通ると、胸の奥に溜まっていたつめたい塊がゆっくりと溶けていく気がした。
凍り付いていた心があったまる。
「おいしい・・・」
「このスープはお兄さんの心に合わせて味が変わるんだよ」
おばあちゃんは優しく微笑んだ。
「辛い時は優しい味、寂しい時はあったかい味、悲しい時は懐かしい味になる、カップ麺は手軽だからこそ疲れたこころに寄り添える」
僕は黙々と麺をすすった。シンプルなのに涙がこぼれそうになるほどおいしかったからだ。
子供の頃風邪をひいた時、母が作ってくれたうどんの味にそっくりだった。
「隣の屋台は辛いのが得意、その奥の屋台は海鮮が旨いおじいさんだよ、お兄さんにはこれが必要だと思ったんだよ」
おばあちゃんの言葉に僕は頷いた。今の自分に必要なのはこの味。
「ごちそうさまでした」
カウンターに小銭を置いて立ち上がるとおばあちゃんは手を振った。
「また来ておくれ、この横丁は必要な人にしか見えないからね、でも本当に必要な時は必ず見つけられるよ」
のれんをくぐり、振り返るとさっきまでの屋台はもう見えなかった。ただ心の中には確かにあったかいものが刻ま
れていた。ポケットの中でスマートフォンの振動が伝わってきた。
きっと、仕事の連絡だろう。明日からもがんばろう、そう思えた夜だった。
"ヤカン横丁"というタイトルは二つの意味を込めました。一つは「夜間」、二つ目はお湯を沸かす「薬缶」。
深夜の屋台でカップ麺の三分間、心を満たす場所。
もし、疲れた夜にこの作品を読み心が少しでもホンワカ、あたたまれば、幸です。
最後まで拝読感謝申し上げ奉ります。
じゅラン椿




