第7話 神託
第7話 神託
真っ白で何も無い空間にふわっと現れたのは真っ白なワンピースに真っ白な肌、真っ白な髪の毛に真っ白なまつ毛。だけど、ゆっくりと開かれたその瞳は青空のように澄んだ水色をしていた女性だった。
「あなたがシオンの言っていた、トオルね。初めまして、今のアリュテア王国の神様やってます、アリュテアです。」
「あなたがアリュテア…様ですか。」
「ああ、様は付けなくて大丈夫ですよ。お気軽に"アリュテア"とお呼びください。さ、立ち話もなんですから…お茶を用意しています。場所を移しましょう。」
そう言って身を翻して歩き始めたアリュテアだったが、真っ白な空間にはお茶を用意しているような物は見当たらなかった。俺が首を傾げると、アリュテアは小さく笑ってから何も無い空間で人差し指を立ててクルッと円を描くと、何も無い空間が扉のように両開きで開いた。その先を覗いてみると、緑に囲まれた、庭のような空間にポツンと真っ白な椅子と真っ白なテーブルが置かれ、その上にはティーポットなども見えた。
「私の秘密の箱庭です。あそこでお話をしましょうか。」
少し自慢げな表情でアリュテアが笑うと俺の手を取って扉を潜った。真っ白な空間では風も何も感じなかったが、扉を潜った先では爽やかなハーブのような香りが風に乗ってそよそよと俺の頬を撫でた。
テーブルと椅子のところまで来ると、アリュテアは椅子に座ってティーポットを持ってユラユラと揺らした。
「今日の茶葉はシオンが勧めてくれたハーブティーなんですよ。お口に合うといいんだけど。」
そう言って近くに用意してあった白いティーカップにハーブティーが注がれ、爽やかだけど心が安らぐような香りが辺りに広がった。
俺も椅子に着席すると、アリュテアが俺の前にティーカップを置いてくれた。
「さぁ、召し上がれ。」
「い、いただきます。」
俺はアリュテアがにこにこしたまま味の感想を聞くのを待っているようなので、ハーブティーに口をつけた。
「…美味しい。」
ふわっと香るのはカモミールだろうか。レモングラスのような香りも少し感じる。
スッと喉を通るハーブティーに知らずのうちに張り詰めていた緊張が解けたようで、長いため息を吐き出してしまった。
「あらあら、やっと緊張が解けたようね。私も転移者だったから、神とはいえ身近な存在だと思ってくれていいですから。」
俺の長いため息にも嫌な顔ひとつせず、アリュテアはくすくす笑うと自分もハーブティーを啜った。
"あら、やっぱり美味しいわ、これ"と声を漏らしつつも、ティーカップを置くと、アリュテアは俺に向き直った。
「柊透さん。今回は突然私たちの世界に転移させてしまって、本当にすみません。シオンの時もそうだったけど、こちらの世界に呼ぶときは何も予兆を与えることが出来なくて、訳も分からないまま草原に放り出されて混乱したことでしょう。」
「…ええ。さっきまで自分の部屋にいたのに、いきなり光って目を開けたら草原で、目の前でドラゴンが飛んでるし、行方不明だった詩音とも再会するし。情報量過多ですよ。」
俺がそういうとアリュテアが申し訳なさそうにはの字の眉にしたかと思えば、頭を下げてきた。神に頭を下げさせるのも申し訳なくて、俺は直ぐに彼女に"頭を上げてください!"と声を上げた。
俺の大きめな声にアリュテアはその澄んだ青の瞳をぱちくりさせると、直ぐに苦笑いをした。
「本当にあなたとあの子は似ていますね。」
「…詩音のことですか?」
「ええ。あの子も私たち神の都合でこちらの世界に突然呼んでしまったことを詫びると、あなたと同じように大きな声で慌てていました。そっくりでしたよ?」
「………。」
血も繋がってないただの幼馴染なのに、そこまで似てしまうとは、それだけ長く同じ時間を共有して過ごしてきた証拠なのだと思うと、なんだか複雑な気持ちが芽生えた。
「それで、あの子が送るはずだった、あなたとの2年を奪ってしまって…あの子は最初この世界に来た当時は私からの神託を受けても直ぐには行動出来なかったんです。何も知らない、前いた世界とは原理や流れる力が違う。見かけは似ていても、根底にあるものは全く違う。あの子はその違いに戸惑い、そして塞ぎ込んでしまいました。」
「詩音が、塞ぎ込んだ?」
俺はいつも明るくて笑ってる顔ばかりが浮かぶ詩音が塞ぎ込んでしまったということに驚きを隠せなかった。
「…齢15の子供がいきなり知らない世界に放り出されたんですもの…。この世界についてあの子が知りたがっていることは全て教えましたが、それでも…この世界のことを知ってもなお、恐怖の方が上回ったのでしょう。私はあの子にいくらでも手助けをすることはできても、元の世界に返すことだけは出来ないのです。それも残酷ではありますが、あの子に伝えました。その現実があの子の心に張っていた最後の希望の糸だったのでしょう。私がそれを断ち切ってしまったのです。」
そう言って目を伏せるアリュテアはハーブティーを一口飲んだ。当時のことを思い出していたのか、彼女は小さく息を吐いた。
「でも、詩音は言っていましたよ。アリュテアから、"彼がやってくるから、頑張って"…みたいなことを言ってもらったって。」
「確かに言いました。それはあの子を励ますための虚言ではなく、この世界の創造神であるヘイリャルヤがシオンの様子を見て、そしてこの世界に風をもたらすために、もう1人この世界に転移者を現れさせると決めたのです。」
「…それが、俺、ですか?」
俺の問いかけにアリュテアはこくりと頷いた。詩音が元気になるためだけじゃなくて、この世界に風をもたらすため…そのヘイリャルヤが俺をこの世界に呼んだ理由に少し疑問符が浮かんだ。
「詩音が俺たちの世界から突然消えたことで、家族や周囲の人は混乱しましたし、何より悲しんだ。詩音本人だって、家族や友達と離れ離れになって、急に知らない世界に来て独りぼっちで…。あなたがた神は勝手すぎやしませんか?」
俺は喋りながら沸々とアリュテアを含む、ヘイリャルヤやこの世界を形作っている他の神のことを思い出しながら、語気が強くなっていった。
「詩音に下されたこの世界に呼ばれた理由はなんなのか分かりませんが、他の世界の人をホイホイ別の世界に飛ばしてしまうのはどうかと思いますよ。それもこの世界に風をもたらすためって…人の人生を軽く見過ぎです。」
"風をもたらす"。その言葉に込められた意味は分からないが、詩音が歩むべきはずだった、高校生の経験を何も出来ずに知らない世界に放り込まれた時の絶望を考えると、俺は胸が張り裂けそうだった。
「…透は詩音のことが大切なようですね。」
「は…?」
どうしてその発想になるのかわからなくて俺はキョトンとした。アリュテアはもう一度ハーブティーを口にすると、目を伏せて話し始めた。
「この世界はヘイリャルヤの意思一つで、突然消えることもまた生まれることも可能な世界なのです。それが創造神です。ですが、この世界はまだ生まれてから記憶を重ねていない。まだ希望も絶望も、さらに発展できる可能性もあるはず。元転移者として私を含めた他の神たちはヘイリャルヤにこの世界を消すことだけは思いとどまってほしいと何度も懇願しました。そう、この世界は消されそうになっていた世界なんです。」
そこまで話したアリュテアに俺はごくりと喉を鳴らした。一つの世界が消える。それは俺と詩音がいた元の世界では、この世界がゲームとしての世界で、ゲームの流行はいつか途絶えてしまう。そうなると、この世界はどうなってしまうのか。消える運命にあるのか。考えたこともなかった、世界の消失という大きすぎる問題に俺は喉が渇いてきた。手汗も出てきて、俺はこの重すぎる話に気分が落ち込んでしまう前にと、ハーブティーをごくごくと勢いよく飲んだ。
空になってしまったティーカップに俺が"あ…"と声を漏らすと、隣にいたアリュテアが直ぐにティーポットから新たにハーブティーを注いでくれた。
「いきなりすぎますよね、世界が消えるだのなんだのって…。でも、私たちは創造神であるヘイリャルヤとは違ってある程度この世界で転移者として生きてから神になりました。ですから、この世界に対する愛情があるのです。だから消してほしくなかった。」
アリュテアがティーポットを持って自分のティーカップにもハーブティーを注ぎながら、話を続けた。
「私たちの神の言葉にヘイリャルヤも耳を傾けてくれて、"この世界にあらゆる生き物たちの息吹が風が吹くのなら、この世界は消さない"と言いました。そこで私たち、元転移者である神たちはなんとかしてこの世界の生き物たちの息吹が強く、風も強くもたらされるために、どうするべきか考えました。多くの神は転移者を増やすべきだという意見でした。でも、誰でも良いというわけではなく…選定した上で転移者を決め、この世界に呼び出そうということになりました。」
「それが、詩音だった…?」
「ええ。ですが、詩音は1人で成長するには添え木が足りなかったんです。人が1人で生きていくなんて酷なことですもんね…。そこで他の神が詩音の添え木になるような人物を見つけてきました。その間私は詩音に寄り添い、励ましていました。詩音にとって私と話す時間が唯一の救いだったようですし。他の神が見つけてきたのが、透でした。ですが、転移者はそうポンポンとこちらの世界に呼ぶことが出来ません。最低でも2年の期間を空けなければならなかったのです。」
「それで2年か…。」
「はい。2年前に意気消沈する詩音に彼がやってくるから、頑張って欲しいと励ますと、少しずつ元気を出し始めて…私と話すために神殿に通い、そのついでに神官の少女から魔力と聖力のこと、魔法のこと、色々な知識を身につけました。2年の間にあの子は強くなっていずれやってくるあなたのために頑張ったのです。」
詩音があそこまで強くなれた理由が俺にあるなんて、"やっぱり"と心の片隅で思ったが、それでも嬉しくて彼女が耐えてきた2年間を埋めるためにこれからは俺がしっかりしていかなくては、と決意した。
「アリュテア、俺、また詩音と再会できて嬉しいんだ。2年の間が空いちゃったけど、俺と詩音は幼馴染で、一緒にいる時間が長かったんだ。ふとした瞬間の仕草や言動がそっくりになるくらいに。だから、もう離れたくない。失いたくない。俺はこの世界が存続出来るように詩音と新しい風を吹かせるよ。」
「ふふ、透ならそう言ってくれると思ってました。私からあなたに贈った恩恵は確認しましたか?」
柔らかく微笑んでくれたアリュテアに俺もホッとしていると、アリュテアが恩恵について聞いてきたので、ステータス画面を開いてみた。ちなみにステータス画面は"ステータス"と口に出せば勝手に目の前に出てきてくれる。なんと便利なことか。
「俺が受け取った恩恵は"浄化"と"料理の鉄人"っていう…。」
「ああ、ちゃんと贈ることが出来ていますね。"浄化"は既に試したようですが、"料理の鉄人"の方はあなたがこの世界で新たな風を吹かせられるようにと現実世界での生活スキルを反映させてもらいました。ステータス値についてはヘイリャルヤが少しいじっていたようですが…。生きやすくはなっていると思うので、ステータス値に文句がある場合はヘイリャルヤの神殿で文句を垂れ流してくださいね。」
最後は茶目っけたっぷりのウィンクで締めくくられ、アリュテアとのお茶会もお開きになりそうだった。最後に詩音がアリュテアに勧めてくれたというカモミールのハーブティーを飲み干して、"ご馳走様"と言って俺はアリュテアに頭を下げた。
「詩音の心を守ってくれてありがとうございました。この世界が消されないように、神様にも愛してもらえるように、俺が新しい風を吹かせます。」
力強くアリュテアの澄んだ青色の瞳を見て、決意を述べるとアリュテアは柔らかく笑った。
「本当に詩音のためにあなたを呼んでよかった。あの子を幸せにしてね。」
その言葉を最後に俺の意識は次第に遠のいていった。




