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いしのゆくえ  作者: るみるあ
忘却事件
1/1

崩落せし幸せ

この宇宙には数多の世界が存在し、数多の生物が生息する。そこに蔓延る関係性は一言で語れるものでは無い。けれど、そんな世界であっても、道行く人々の物語は進行してゆくものである。


「ふぁあ……」

口に手を添えて、大きく欠伸をした。たったそれだけだったけれど、

春海るみ、最近眠そうだよね。どうしたの?」

そうやって反応してくれる仲間が私にはいる。彼女の名前は緑風瑠愛みどりかぜるあ。私の家族であり、大切な友達でもある子。桃色の髪と瞳を持ち、優しき心のある少女と、その横で共に歩いていた少年に私はこう愚痴を吐く。

「最近、夢見が悪いんだよね。内容はあんまり覚えてないんだけど、ずっと不快感……というより、悪寒が走る感覚というか。」

「ストレスかなんかじゃね? それか、最近テストとかお前色々あっただろ? それで疲れてんじゃねぇの?」

そう、茶髪に紅の瞳を持つ少年は言う。彼は緑風玲哉みどりかぜれいや。瑠愛と同じように家族であり、大事な友人だ。口は悪い癖に、行動は途轍もなく優しい、そんな男である。

「えー、かなあ? でも、今までこんなこと少なかったよ。連日起きてからずっと、悪夢を見たあとの気持ち悪い感じに囚われるのなんて」

「なんか原因はありそうだよね。気分転換に今度遠出でもしてみる?」

「いいな、それ。俺はアリだと思う。たまには違う景色見て気分転換ってのも悪くないよな。頭も空になって嫌な気分も忘れられそうじゃねぇか?」

「うわ〜〜! いいね、遠出するなら温泉とか行きたい! 温泉入ってるとき、玲哉だけぼっちになるけど」

「夢見がそれで良くなるって言うんなら俺はそれでもいいぞ。ずっと眠そうにされると、いつか歩きながら寝るんじゃねぇかって不安になってくるからな」

「そんなことしないよ〜! とりあえず、今日は早く寝てみる! それでダメだったら遠出の予定立てよ」

「春海は案外歩きながら寝そうだけどね……まあ、そうだね。長く寝たら眠気もなくなるかも」

「寝る時間増やしたら増やしたで余計に眠り深くなって夢見そうなもんだけどな……」

と、愚痴を吐いたとしても解決策を講じてくれる、とても優しい友達。そんな二人が私は大好きだ。


家に帰って、日が沈んでからの私の行動は早かった。

急いでお風呂に入り、出された夕ご飯を食べる。それを見ていた家族は目をまん丸に開いて"慌て過ぎ"やら"もっとゆっくり食べようよ〜"と言っていた。事情を知る瑠愛や玲哉でさえ、呆れ果てていたのを覚えている。仕方がないでしょ! 早く寝なくちゃいけないんだから! ……でもまあ、みんなの言うこともわかる。私だって家族が急に慌て始めたらそう言うと思うし。……そして、寝る支度をしていたり、家族と駄弁ったりしていたら既に時計は21時を指していた。

「やばい! 早く寝なくちゃ」

「あれ、もうそんな時間なの? って、まだ九時じゃん。春海、そんな早く寝るっけ」

「今日は早く寝るのー! おやすみー!」

「はーい、おやすみ。転ばないようにねー」

私が夜遅くまで毎日起きていることを知っている姉は少し驚きながらも、自室へ戻る私を優しく見守ってくれた。


その晩、また夢を見た。

声が女性だったから、きっと女性なんだろうけど、女性が不気味に笑って

「借りは返したわ。借りは倍にして返さなくちゃ。……そうでしょう?お姉さま」

と魔法陣を展開しながら言っていた。正直に言うのなら……とても怖かった。姿が見えなかったせいで余計に魔法陣が怪しく輝き、恐怖心を倍増させるものとなってしまっていたのだ。何とも奇妙で恐ろしい夢は目覚めても恐怖心に包まれる原因となってしまった。

そして、女性の言う、"借り"の正体も分からず、ただ不快な気持ちになるだけの夢、と語るしか無かった。


ぴぴぴ、と無機質な機械音が鳴り響く。

毎朝、この音で良い夢、悪い夢関係なく話に幕を無理やり下ろしてくる……忌々しい存在。でも、今だけはその存在に感謝しなくてはならない。だから、その感謝の意を己の拳に込めて、その機械を叩いた。

瞬間、機械はぴっと声を発して息絶えた。やった、今日も私の勝ち。心の中でガッツポーズをして起きあがる。頭に残る酷い夢のことは一旦おいておくことにして、準備を始めることにする。……だって、女の子の朝は早いもの!


支度を始めて30分ほど経った、そのとき……少し慌ただしいことが起きた。

ドタバタとドアの向こう側から足音が聞こえてきたと思えば、その足音はどんどん近付いてきてるように聞こえる。なんだろう……? と少し警戒していたら


「春海、大変! 大変だよ!」


姉の雫那しずなが珍しくドアをノックもせず入り込んできた。私の姉によくある、慌てると普段している行動でさえ忘れてしまうという癖だろう。

「うわ……なに? びっくりした、雫姉しずねえか。どうしたの? 何か用? ノックもせずに入ってくるなんて珍しいね」

「ああ、それはごめん。……って、そんなことはいいの! 一大事なの、本当に。お、落ち着いて聞いてね……あのね……」

そう私に言いながら姉の手が一番震えている。声はいつもと変わりなくとも、手だけは嘘をつけないらしい。


「私たち……いや、"緑風家"に関係する事象全部、綺麗さっぱりなくなってるの。」


バットで殴られたかのような衝撃が走った。

そんなファンタジーのようなこと、あるわけがない。確かに、この世界は魔法くらいなら練習すれば容易に扱えるけれど……それでも、こんなこと起きるはずがない。

「じょ、冗談でしょ? 嘘は良くないよ、寝ぼけてる?」

「本当なの。だから……母様が実家に帰ってこいって。これからどうするか、今どうなっているのかっていうのを教えてくれるらしい。……ほら、行こう? みんな玄関で待ってる」

「う、うん……わかった」

どうしてこんなタイミングで起きたんだろう……? 私の夢と、何か関係が……? それに、こんな芸当、神でも出来るはずがないのに。

そんなことをじっと動かず考え込んでいたら、返事はしたけれど動かなかったことを心配した雫姉が手を繋いで連れていってくれた。手を繋いでくれた雫姉の手はぶるぶると震えて、私の手まで震えていたように思える。


階段を慎重に降りて、玄関に着けば少し歳上の兄たちが揃っていた。

長男の優兄ゆうにいはドアの方へ手を伸ばして何かをしていた。けれど、足音を聞いて目線だけこちらに向けて

「ん、来たか。事は急を要する。今実家までのワープゲートを繋いでいるから、少し待っててくれ。繋いだら急いでいこう。……今回は珍しく、父様も顔を出すらしいから」

驚いた。父様も顔を出すんだ。……父様は何かと私たちを気にしてくれる母様と違って、少し放任主義。今回みたいに余程のことじゃなければ勝手に処理してくれ、っていうタイプ。

「うそ、どれだけ事が大きいわけ……?」

口元に手を当てて絶望した顔をする雫姉を横目に、玄関を見回す。リビングへ繋がるドアの前に座り込むのは亜恋兄あれんにい。玄関のタイルに足を出し、廊下の少しひんやりする木の床に身体の殆どを預けるのは哀羅兄あいらにい。……二人、足りない。まだ、全員揃っていないのかな。昨日、愚痴を聞いてくれた紅の瞳を持つ少年と、桃色の瞳の少女の姿が全くと言っていいほど見えなかった。……もしかして、あの二人に何か……? いや、そんなはずはない。きっと気のせいだ。

「ねえ……瑠愛と玲哉は? まだ寝てるの?」

「あー……あいつらは元々、"緑風の血を持つ者ではない"だろ? だから……言いにくいが、今回の事件があって、家族にならなかった運命ってのを辿ってるんじゃないか? 飽くまで推測の域を出ないけど」

「え……うそ、そんなこと……そんなことは……」

言葉を上手く紡ぐことが出来なかった。あの二人は大切な友人であり、家族だから。それに、あの二人の出自は少しばかり特殊だ。特殊が故に我が家の一員になっていた、だからこそ……だからこそ、あの二人が家族にならなかったら……

「春海」

ずっと、口を閉ざしていた亜恋兄が口を開いた。

「本当にそうなっているかは分からない。全部母様が説明して下さるって言っていたでしょ。それまでは実家にいると信じればいい」

「……そうだよね、うん……。ありがとう、亜恋兄。そう考えることにするよ」

淡々と私にそう伝える亜恋兄。亜恋兄は感情を表に出すことが早々ないから、こういう時に何か言われると……どうも、非難されているように思えてしまう。本当に、不安なものは不安だ。けれど、亜恋兄のお陰で希望の道も見えたのも確か。……考えれば考えるだけ、不安なことが浮かんでくる。あの二人の出自から考えれば、我が家の一員にならなかったあの二人に訪れる未来と言ったら"死"か、"孤独"か……そのくらいしかないから。

そんなことを思っていたら、ドアの方から眩しい光が飛んできた。眩しくて、目を開くのも億劫になりそうだった。……けれど、その光も一瞬で

「すまん、調整ミスった。けど、ワープゲートは繋いだ。このまま入れば実家の門の前に着く。気を楽にしていいから……心は落ち着かせておけって母様は言っていたよ」

「覚悟が必要なくらい酷いんだね、わかった。覚悟しておく」

優兄と雫那はとうの昔に覚悟は決まっているように見えた。優兄のいつも見る笑顔は少し悲しげで……でも、兄らしく逞しかった。


優兄の力で繋いだ光のゲートをくぐると、本当に家の門の真ん前に出た。そして、その家は本当に実家なのか? と疑いたくなるほどひとの気配が全然せず、空虚だった。これじゃ、瑠愛や玲哉がいる確率も運と下がるだろう。それでも……私よりも動揺していたのは哀羅兄だった。優兄の肩を掴んで、前後に激しく揺らして、


「おい、優! 本当にここが実家なのか!?  おかしいだろう! こんなにも……こんなにも、


気配を感じなくて、不安になる俺らの実家なんて、全く見たことないぞ」


と普通の豪邸よりも大きな家を指差して言った。

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