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第5話 春華殿の畑づくり

貴妃宮・春華殿。

紫陽花が咲き誇る六月、雨の多い季節の合間を縫って、蘭貴妃明玉は庭に出ていた。


艶やかな貴妃の衣装ではなく、動きやすい野良着姿。

さすがに素材は高価な絹布を仕立てたものだが、見た目はごく普通の農家の女が纏うそれと変わらなかった。

膝をつき、鍬を振るい、土を返す姿は、後宮の華やかさからはかけ離れている。


下女たちが鍬や桶を持って明玉の手を助けていたが、女官や侍女には決して触らせない。

「この手は荒れてしまいますからね」

明玉はにこやかに言い切った。

「良家の子女にさせることではありません。私がやります」


位は後宮の貴妃にして皇帝の偏寵を受ける身。

だがそれを笠に着るようなことは、彼女の性に合わなかった。


蘭家は血筋こそ高いが、すでに没落して久しい。

両親も早くに亡くし、縁戚も次々と他界。

若き日の明玉は自らの手で畑を耕し、草を摘み、飢えを凌いできた経験がある。

その日々が、後宮に入ってもなお彼女の暮らしぶりを形づくっていた。


「……さて、ここには大根を。すぐに芽を出してくれるはずです」

明玉は土を均しながら、楽しげに声を上げる。


「貴妃娘々が畑を……!」

女官たちは目を丸くし、顔を見合わせた。

庭に種をまくなど聞いたことがない。だが明玉は気にとめず、鍬を手に土を軽く叩く。


そのとき、涼やかな声が背後から届いた。

「娘々のお考えは、たいてい正しゅうございます。畑はよいもの。皆の健康にもなりましょう」


振り返れば、そこに立っていたのは宦官の周守謙。

細面で白い肌、化粧を施せば女官と見紛うほどの容貌である。

柔らかな物腰に加え、女官や侍女からは「周さま」と囁かれ慕われる存在だ。


女官たちは一斉に頬を染め、明玉の周りにひそやかな笑いが広がった。


「ほんとうに……人気者ですこと」

明玉は土を払って顔を上げ、少し呆れたように笑みをもらす。


周守謙はにこやかに頭を下げた。

「いえ、今はただ、娘々の畑が楽しみでございます」


明玉はくすりと笑い、再び土に向き直った。

春華殿に小さな畑が芽生えた瞬間だった。

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