すまんジムニー成仏してくれ
ガシャーーン
「やっちまった」
前方不注意でジムニーで事故を起こしてしまった。
自分はジムニーのおかげで無傷だったが、ジムニーは全損した。
俺は、ただ呆然と、壊れたジムニーを見つめていた。何度も洗車して、遠くまで走ったあの相棒が、もう動かないなんて――。 俺は涙が止まらなかった。
その日の夜、俺は奇妙な夢を見た。
ガレージの中。埃まみれのジムニーが、静かにたたずんでいる。
「ごめんな、守ってもらったのに……」
俺が声をかけると、ジムニーのヘッドライトがふわりと点いた。
懐かしいエンジン音が、かすかに響く。
「オレ、もう走れないのか?」
聞こえた気がした。
「いや、そんなことない。まだ直せるかもしれない」
そう答えながらも、胸の奥が痛んだ。現実には、全損したジムニーはもう戻らない。
「ありがとう、オレを守ってくれて」
そう言うと、ジムニーは一瞬だけ、誇らしげにボンネットを揺らした。
その瞬間、夢の中のガレージが光に包まれて、俺は目を覚ました。
朝、ガレージに行くとそこにはジムニーの妖精らしき者がいた。
小さな体、緑色の帽子。頭には「SUZUKI」と書かれたバッジが光っている。なぜかラジエーターグリルの模様が入ったベストを着ていた。
「おはよう」
その声は、エンジンのアイドリング音のように低く、しかしどこか優しい響きがあった。
「……誰だ?」
「ぼくはジムニーの妖精さ。君がずっと大事にしてくれたから、こうして姿を現したんだ」
夢か現実かわからない。でも、ジムニーへの愛着が胸を締めつける。
「もう一度、走りたかったんだ。でも、君は無事でよかった」
精は微笑んだ。その目に、どこか懐かしい景色が映っている気がした。
「ありがとう。ジムニー……」
言葉に詰まると、精はフロントライトのような目で優しくうなずいた。
「そろそろ、成仏しなくちゃ。でも、最後に君と話せてよかったよ」
朝の光がガレージに射し込み、精の体が少しずつ透けていく。
「すまん、ジムニー成仏してくれ」
俺は、泣きながらハンドルに額を押し付けた。車体の至るところがひしゃげて、もう二度と走ることはできないだろう。フロントガラス越しに見える空は、やけに青くて悔しかった。
ジムニーは、俺にとってただの車じゃなかった。初めてのボーナスで買ってから、どこへ行くにも一緒だった。山道も、海も、悪路も――ジムニーとなら、どこへでも行ける気がした。
「ごめんな、俺のせいで……」
事故現場には、パトカーや救急車のサイレンが響きはじめていた。俺はジムニーのシートをそっと撫でる。もうこの感触も、今日で最後だ。
――そのとき、不意に微かな声が耳元でした。
『……だいじょうぶ。楽しかったよ』
空耳か、それとも――。
終わり