名前を呼ぶこと。ヒロインに“意味”を与える選択
「じゃあ、そろそろ……次の試練、いってみよっか♡」
恋愛ジャンル通りのステージ裏。
NAROちゃんはピンクのステッキをぐるぐる回しながら、こちらを見た。
「サトウ、だいぶ感情の扱いに慣れてきた感じあるじゃん?
だけどさ、“恋愛創作”の最難関が残ってんの、分かってる?」
「……選ぶこと、だよね」
「ピンポ〜ン☆ “ヒロインを一人に絞る”ってやつ!
つまり――“名前を与えて、意味を決定する”ってコトよ!」
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僕の目の前に、3人のヒロイン候補が並んでいた。
元気で明るい幼なじみヒロイン
物静かで本を抱える図書委員ヒロイン
気が強くて不器用な生徒会長ヒロイン
どの子も、かつて“途中まで考えたけど完成させなかった”キャラだ。
でも今、こうして目の前に立っている彼女たちは――明らかに違って見えた。
目が合う。息遣いがある。感情の揺れが、ちゃんとある。
「……僕は、ずっと怖かった」
手を握る。
「“この子しかいない”って決めるのが、すごく怖くて。
間違うのが怖くて、誰にもちゃんと名前をあげられなかった」
「でも、“選ばれないまま”でいる方が、
ずっと、ずっと寂しいのよ?」
そう言ったのは、生徒会長ヒロインの子だった。
他の2人も、微笑んでうなずく。
僕は、深く息を吸ってから、一人目に視線を向ける。
「……君の名前は、柊ミオ。
本が好きで、たまに長い沈黙があるけど……優しい人だ」
彼女は、はにかみながら小さく会釈した。
「……ありがとう」
次に向き合う。
「君は、芹沢カレン。
会長としていつも真面目にふるまってるけど、ちょっと天然で、よく照れてたよね」
「……覚えてたんだ」
彼女が、ちょっとだけ頬を染めた。
そして最後に。
「君は……成瀬ユナ。
誰よりも近くにいて、誰よりも遅く、好きになった――僕の、幼なじみだった」
彼女の目に、ほんの少しだけ涙が浮かんでいた。
「……ようやく、名前を呼んでくれたね」
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NAROちゃんが空に指をかざすと、3人のヒロインに光の帯が走る。
「これにて、正式エントリー完了〜〜♡
この子たちは、もう“未完成キャラ”じゃない。
サトウの物語に、名前と意味を与えられた、正式なヒロインたちだよ!」
「……ありがとう」
僕は頭を下げた。
「でも、“選ぶ”ってのは、まだできない」
「は? なんでよ?」
「だって、今はまだ、彼女たちのことを“もっと知りたい”って思ってる。
その気持ちのまま、書き始めてみたいんだ。
好きになる過程も、すれ違いも、全部含めて――一緒に書いていきたい」
NAROちゃんがにっと笑った。
「……へぇ〜。
やっと、恋愛モノの入口に立ったじゃん。
いいじゃん、それ。恋ってのは、“選ぶ理由”より“惹かれる瞬間”だからね」
僕の手の中に、小さなノートが現れた。
真っ白な表紙に、銀の文字でこう書かれていた。
> 『プロジェクト:Re:恋コメ』
「……恋愛モノ、ちゃんと始めてみよう」
柊ミオがうなずく。
芹沢カレンが腕を組んで微笑む。
成瀬ユナが、小さく手を振った。
僕は、ペンを持つ。
この物語は、きっともう、“照れ隠し”じゃない。
ちゃんと向き合って、書ける気がしていた。