泥のように眠る。決まるトリック案
「……できた……!」
机に突っ伏していた僕が、最後の句点を打ったのは朝の5時ちょうどだった。
短編ミステリー『さんしょの木の下で、君は何を見たか?』。
日常に潜む違和感。視点のズレ。観客自身が“気づく”喜び。
今の僕が出せるものを、すべて込めた。
(……間に合った……)
今日は文化祭演劇の脚本班で、トリック案を持ち寄る打ち合わせ日。
(家を出るまで、あと……2時間半)
時計を見て、僕はベッドに倒れ込んだ。
(ちょっとだけ休もうかな)
夜通しかけての疲れのせいか、フッと意識が溶けていった。
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「佐藤くん、やっぱり君を脚本班に任命して正解だったよ!」
脚本班の打ち合わせにて。
天堂院先輩が、まぶしい笑顔で僕を褒めていた。
「俺の目に狂いはなかった!」
それを聞いた安宅くんが肩をバンバン叩き、ドヤ顔で笑う。
「“日常に潜む謎”って発想、マジで天才だよ!」
「現実にありそうなのが逆にリアル……すごい……」
脚本班の面々が、こぞって僕の案を褒めてくれる。
(やった……!ついに、報われた……!)
「やりますね!センパイ♡」
「先輩、やるじゃん」
月城さんと一ノ瀬さんの後輩コンビが、とびきりの笑顔で僕に近づいてくる。
「ま、まあ……これくらい朝飯前……かな?」
鼻をこすりながら照れ隠し。
すると――
「頑張ったご褒美です!」
月城さんが、いきなり僕に抱きついてきた。
「い、いったいなにを!?」
「だ~か~ら~、ご・ほ・う・び♡」
柔らかな感触が肩に密着する。
「私からも、ご褒美です」
「えっ、モガッ!?」
一ノ瀬さんまでが、僕の顔を抱きしめてきて、視界が真っ暗に!
(な……なんか柔らかい!?)
「センパイ〜♡」
「せ〜ん〜ぱ〜い♡」
「むがっ……!く、くるしっ……!」
――そのとき。
『……ら!…………いッ!!』
誰かが、遠くから叫んでいる……!
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「こら!!起きなさい!!あんたいつまで寝てるの!!」
母の怒声で目が覚めた。
(……え?)
視界には、夕焼け。
時計の針は、17:32を示している。
「は?え?うそ……寝坊?」
「今日は母さん早く出るから自分で起きなさいって言ったでしょ! 学校にも迷惑かけて、恥ずかしいったらありゃしない!」
あの甘いご褒美も、拍手喝采も――全部、夢だった。
(……打ち合わせ……行ってない……)
しばらく、現実が信じられなかった。
そのあと、母から小一時間説教を受けたのは言うまでもない。
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翌朝。
僕が学校に着くと、教室の前で雨宮さんが声をかけてきた。
「佐藤くん、大丈夫? 具合悪かったの?」
「ううん……寝坊です」
事情を話すと、雨宮さんは小さく笑って、そしてほんの少しだけ呆れた顔をした。
「……がんばりすぎは、だめだよ」
優しく言いながらも、心配してくれたのが伝わって、胸が痛んだ。
そこへ、平均点クラブの連中が寄ってくる。
「お前、学校サボるとか勇者かよ!」
「マジで度胸半端ないな!」
「そこにしびれる!あこがれる〜!」
セキネとコウダとノジマの三連コンボが炸裂。
……笑いごとじゃない。
最後にやってきた霜降さんは、眉をひそめてため息ひとつ。
「まったく……文化祭前だってのに、気を抜くのはまだ早いでしょ。しっかりしてよ、佐藤」
「……はい、すみません」
身が縮むような思いだった。
放課後。
安宅くんが僕のところへ来て、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔で告げた。
「打ち合わせで、みんなで案を出し合って……決まったよ、トリック案」
「……そう、だよね……」
「お前の案、みんなも楽しみにしてたんだぞ。もしちゃんと出してたら……って」
(あぁ……みんなに申し訳ない……それにあんな頑張ったのに)
確かに悔しい。でも、自業自得だ。
(次こそは、絶対……)
僕はそっと拳を握った。




