練る寝るねれんね。トリック案が思い付かない
「――でさ。次回までに“使えそうなトリック案”を持ってこいって話だったよな?」
放課後の教室、安宅くんが僕の机に肘をつきながら覗き込む。
「……うん、まぁね」
「で? 進捗は?」
「ゼロです」
「潔くてよろしい!!」
そんな笑い合いの中にも、焦りがにじんでいた。
(どうしよう……本当に、何も浮かばない)
共犯? アリバイ? 叙述トリック?
ひと通りの“定番”は頭に浮かぶ。けど――
(“それっぽい何か”ばかりで、手応えがない……)
僕が書こうとしているのは、“観客を巻き込む謎解き演劇”。
物語としても、舞台としても成立しつつ、観る側が「なるほど!」と唸るような仕掛けが必要だ。
(うう……ミステリーって、こんなに難しかったっけ……?)
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そのまま帰り支度をしていると、コウダが声をかけてきた。
「おいユウ、また難しい顔してたな。今度はどんなネタで詰まってんだよ」
「文化祭の脚本班で、トリック案考えてるんだけど……詰まり中」
「お、ミステリー!? 観客を巻き込む系? カッコイイじゃん!」
セキネがノリノリで乗ってくる。
「そういうの得意な人間はな、たいてい“人の嘘”に敏感なんだぜ? つまり俺だな」
「お前は逆に騙される側だろ……」
ノジマの的確なツッコミが飛んできた。
「ヒントぐらいになればいいんだけどな。昔、俺が観た舞台では、“死んだはずの人物が舞台裏で演じ続けてた”っていうネタがあってさ――」
ノジマの口調が少し真剣になる。
意外にも、彼は昔から舞台に通じていたようだった。
(……案外、使えるかも)
頭の中で、ひとつメモを取る。
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その日の放課後、ふらっと図書室に立ち寄ると、雨宮さんがカウンターで本を返却しているところだった。
「……佐藤くん。悩んでる顔」
「え、顔に出てました?」
「うん。ミステリーのことでしょ?」
どうしてわかるのかと思ったけど、すぐに気づいた。
僕の手に、ミステリー小説の資料を挟んだノートがあったからだ。
「私が読んだ中で、一番ぞくっとしたのは、“犯人が最初から舞台にいた”ってやつだった」
「……ああ、読者の目の前にね。なるほど」
「けどね、“トリック”だけがミステリーじゃないと思うよ」
「え?」
「“なぜ人は嘘をつくのか”って掘っていくと、だいたい人間ドラマになる。それがちゃんとあると、どんなトリックでも輝く気がする」
そう言って雨宮さんは、そっと一冊の文庫を差し出した。
> 『疑うこと、信じること』
「……これは?」
「最近、おもしろいと思ったミステリー小説。よかったら読んでみて」
雨宮さん。相変わらず優しいな。
せっかくなので、その本を借り、家で一晩中読み明かすことにした。
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翌日、眠気まなこで教室に入ると霜降さんが待ち構えていた。
「……佐藤、なにその顔。朝からだらしのない顔ね」
「いやー、これは寝不足で……」
「はん!どうせ夜更かしして何か考え事でもしてたんでしょ?」
「おー、さすがは委員長」
「なにが、さすがよ」
霜降明香音。うちのクラスの委員長。
面倒見はいいけど、僕は彼女に振り回されがちだった。
「文化祭の脚本で詰まってるって、雨宮さんから聞いた。……“謎解き演劇”、だっけ?」
「うん、それで“トリック案”が全然出なくて……」
霜降さんは、少し眉をひそめて考えこむと――
「“どこで間違ったのか、思い返すことがトリックになる”。……聞いたことある?」
「……誰の言葉?」
「テレビに偶然出てた脚本家が言ってたの。犯人を描くんじゃなくて、観客の記憶を利用する方法。伏線も回収も、全部“あとから効く”作りにして」
「……なるほど」
彼女が差し出したのは、小さなメモ紙。
そこには簡単なプロット構造と、思考の導線が整理されていた。
「迷ったら、何を“見せるか”より、“何を見せないか”を考えてみるといいんじゃないの。……じゃ、がんばりなさいよ」
口調は相変わらずきついけど、間違いなくそれは“助け舟”だった。
(……こういうとこ、ほんと委員長だよな)
思わず、背筋を伸ばして礼をしたくなる感覚だった。
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そして土曜日の夜。
ベッドに寝転び、天井を睨みながら、僕はぐったりしていた。
(ミスリード……? いや、それじゃ展開が読めるし……)
(裏切り……? でもキャラが薄いと効果も薄い……)
ノートに描かれた走り書きのプロットは、どれも中途半端に止まっている。
「……ぐぬぬぬぬ……」
ベッドの上でのたうつ高校生男子ひとり。
(観客の“予想の裏をかく”って……つまり“予想させる前提”が必要なんだよな……)
答えだけじゃない。問題の立て方すら、わからなくなってくる。
(あ~~~~~もう!!)
勢いでノートを閉じ、天を仰ぐ。
その瞬間――
どこかで、風鈴のような音が鳴った気がした。
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気づけば、世界が“切り替わって”いた。
まぶたの裏が、白から色に変わっていく。
目を開けると、そこは――
「……おかえりなさい、創作の旅人さん」
肩までの黒髪を揺らす彼女。胸元に文庫本を抱えた姿は、あの日と変わらない。
「君は……文学ジャンルの……」
「ええ、また会えましたね」
文学NAROちゃんは、静かに微笑んだ。
「ミステリーに迷っているなら、案内しましょう。物語の“核心”へ」
差し出された手。その奥、霧の向こうに古びた看板が見える。
【ミステリー通り】
~真実と虚構の交差点~
「さあ、今夜は“問い”を深く掘る夜にしましょう」
その声に導かれるように、僕は一歩、足を踏み入れる。
(今度こそ、“観客が驚く仕掛け”を……)
霧の奥で、本格的な謎解きの夜が、始まろうとしていた。




