完結症候群! 今の日常と再会の切符
あれから、三ヶ月が経った。
正直、自分でも驚いている。
途中で止まっていた小説――『転生勇者の自治都市開拓記』を、僕はついに書き上げて、完結させたのだ。
数ヶ月前まで、僕は「いつか続きを書くかも」と思いながら、それをなんとなく放置していた。
だけど、“あの夢”を見た朝から、何かが変わった。
眠気も、学校の課題も、SNSの誘惑も全部無視して、夜な夜なキーボードを叩き続けた。
書いて、書いて、書き続けて――そして、物語はひとつの終わりを迎えた。
リュウガとアメリアの物語は、たしかに完結した。
……でも。
「……燃え尽きた、なあ」
教室の窓から外をぼんやり眺めながら、僕は息を吐いた。
高校2年生、いつもの教室。
昼下がりの国語の授業。
前方の教壇には、淡いベージュのカーディガンを羽織った女性教師が立っていた。
「この作品において“日常”とは、“喪失”の予感の対義語として描かれています――佐藤くん、聞いてますか?」
「は、はいっ……!」
ビクッと体が跳ねた。
相変わらず鋭い指摘。でも、どこか落ち着いた声だった。
水無月絵里香先生。
僕たちのクラスの国語教師。
静かで理知的で、口数は少ないけれど、言葉ひとつひとつに重みがある人。
(……なんか、この感じ……前にも似た雰囲気、どこかで……?)
ふとした口調や視線の向け方、指先の所作。
ひとつひとつが、どこかあの夢の中で出会ったに似ている気がする。
でも、そんなはずはない。あれは夢で、あの人は物語の中の存在なんだから――。
僕は小さく首を振り、その考えを胸の奥にしまった。
---
投稿後のPVやブックマーク数は、正直言ってさほど多くはなかった。
けれど、感想欄にはいくつかの言葉が並んでいた。
「優しい物語でした」
「完結まで読めて本当に嬉しいです」
「アメリアさん好きです」
「作者さんの次回作、待ってます」
……次回作。
僕は、その言葉だけ、まだどうしても直視できずにいた。
次の物語――何を書けばいいのか。
そもそも、“また書きたい”のかどうかすら、わからない。
燃え尽きたというより、空っぽになってしまった感じ。
達成感はあった。でも、それと引き換えに、心のどこかがぽっかり抜け落ちたようだった。
---
放課後。カバンを肩にかけ、下駄箱へ向かう途中。
ふと、僕の机の中に、何かが差し込まれているのに気づいた。
「……ん?」
取り出してみると、それは、見覚えのある“紙の切符”だった。
> 【NAROTOWN 往復乗車券】
利用区画:選択中
有効期限:あなたの心が動いたとき
裏には、手書きのような文字が添えられていた。
> 「次は、君自身の物語を――」
僕はしばらく、その切符を見つめたまま、動けなかった。
夢じゃなかったんだ。
あの世界は、本当に“そこにある”んだ。
胸の奥が、少しだけ、熱を帯びる。
もう一度、“行ける”気がした。