それぞれの帰路、そして──暴かれし禁断の書棚
8月14日、午前。
創作合宿最終日。
山の空気は、どこかいつもより澄んで感じた。
「……あっという間だったな」
荷物をまとめながら、僕は小さく呟いた。
執筆した原稿、安宅マコトとの共作、仲間との語らい。
この数日間が、きっと僕の“創作人生”にとって大きな節目になる気がしていた。
「佐藤ー! 最後にみんなで写真撮るぞー!」
「うわ、真田くん、声デカい!」
「小日向さーん、美影さーん! そっちも来て!」
わいわいと賑やかに、僕たちは集合写真を撮った。
安宅は、隣で腕を組みながらぼそっと呟く。
「な? 来てよかっただろ?」
「うん。本当に」
何気ない言葉が、じわっと心に染みる。
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バスに乗り込む直前、美影さんがそっと声をかけてきた。
「……次、またこういう機会があったら、“空の描き方”、もっと教えてくれますか?」
「あ、うん。僕でよければ」
「ありがとう。……頑張って描くね」
彼女は少し照れたように笑って、スケッチブックを抱えてバスに乗っていった。
続いて小日向さん。
「“書くこと”に悩んだら、またこういう場所に来るといいですよ」
「……はい。ありがとうございました」
そして真田くんは――
「次は俺とバトルファンタジーで勝負だ! 書き上げたら教えろよな!!」
「え、勝負って何!?」
(……にぎやかだったな、ほんと)
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バス出発までの少しの空き時間。
僕は、忘れ物がないかと、宿舎の一室を見回っていた。
と、ふと部屋の奥――本棚の隅に目が止まった。
「ん……この本、誰のだろう……」
背表紙に金色のレタリングでこう書かれていた。
> 『王子と騎士の蜜夜 ―運命に抗う二人のラブストーリー―』
「…………うん???」
(なにこのあからさまな……いや、まさか、誰かの持ち込みBL本!?)
思わずページをめくる。
> 『俺はお前を守るって、ずっと決めてた』
『騎士団の掟より、お前のために剣を振るいたい――』
「文体、やけに……上手い!? えっ、これプロ!? いや、でも……どこか見覚えが……」
──その時、背後から足音。
「それ、勝手に見ないでもらえる?」
「へっ?」
振り返ると、そこには静流先輩。
いつもと変わらぬ涼やかな顔で――だが、明らかに目が泳いでいる。
「せ、先輩、まさかこれ……」
「……悪い? 趣味くらい、誰にだってあるでしょ?」
「いや、悪くは……ないけど、よりによって“蜜夜”って……!」
「……っ! や、やめて、そのタイトル声に出さないで!」
顔を赤くしてバッと本を奪い取る静流先輩。
「ち、違うの。これは、取材よ。表現研究というか、文章技術の探求であって、決してその、趣味じゃ――」
「バッチリ“熱愛シーン”に付箋貼ってありましたけど!?」
「……しっ、静かにして」
「モガモガモガ!?(風紀が乱れてませんか!?)」
僕の口を押さえる静流先輩の手が、びみょーに震えていた。
──こうして合宿最終日、
凛とした風紀委員の、秘密の顔が暴かれたのだった。
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帰りのバスの中。
僕は窓の外の空を見上げながら、そっと思った。
(物語って、人の数だけあるんだな)
まじめなものも、熱いものも、ちょっと恥ずかしいものも。
でも、全部が“誰かにとって大切なもの”なんだ。
隣では安宅がイヤホンをつけながら、スケッチブックに何かを描いている。
僕は、ノートPCを開いて、再び物語の続きを綴りはじめた。
空は高く、どこまでも青かった。




