届いた言葉、広がる創作の輪
8月13日、創作合宿三日目の朝。
少し冷たい空気の中、僕は朝食のパンをかじりながら、昨夜の手応えを反芻していた。
(書けたんだ、「空を走る少女」)
胸の奥に、静かだけど確かな達成感が残っている。
まるで、長い間止まっていた何かが動き出したような、そんな感覚。
そんな僕の背後から、ふいに声がかかった。
「お、完成したんだって?」
振り返ると、安宅マコトがコーヒー片手に座ってきた。
「うん。まだ荒削りだけど……とりあえず最後まで書けた」
「ふーん……じゃあ、読ませて?」
そう言って僕の前に手を差し出す。
「……いいの?」
「当たり前だろ。俺の絵で書いたんだからな? 責任あるっしょ」
苦笑しながら、僕は自分のPCを渡した。
安宅はすぐに読み始めた。
ページをめくるように、無言のままスクロールしていく。
読み終わったあと、彼はぽつりと呟いた。
「――やべぇ、ちょっと泣きそうになった」
「えっ」
「なんか、あの絵、こういう話になるんだなって思ったら……すげぇ嬉しかった」
「……ありがとう」
たったそれだけのやりとりなのに、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
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午後、僕たちは食堂脇のフリースペースで執筆を続けていた。
すると、そこに現れたのは――
「おつかれさま」
文学系の大学生、小日向さんだった。
手には分厚い短編集と、小さなノート。
「少しだけ話を聞いたよ。“空を走る少女”、読んでみたいな」
「あ、よければ……」
「ありがとう」
彼の穏やかな笑顔が、どこか背中を押してくれた。
そして、もう一人。
「……あの」
そっと声をかけてきたのは、美影さん。
ノートを胸に抱えたまま、少し目を伏せていた。
「空を……空を走るって、どうやって書いたんですか?」
「え?」
「その……私、風の表現とか、空とか、どう描いたら“動き”になるのか、わかんなくて……」
「あ……うん。僕も正直、“書きながら探した”って感じで」
「……でも、だからこそ、知りたかったんです。見てみたいなって」
(……そうか。創作って、こうやって繋がっていくんだ)
言葉で、描いたもので、互いの“書きたい”が共鳴する。
嬉しさと、ほんの少しの照れくささが入り混じった気持ちだった。
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夕暮れが近づく頃、僕は施設の外のベンチで、一人風に当たっていた。
ふと隣に腰を下ろしたのは――早乙女 静流先輩だった。
「……空を走る、か。悪くない発想だったわね」
「先輩、読んだんですか?」
「別に、わざわざ感想なんて言わない。けど……“語りすぎない”ところが良かった」
彼女は、目線を空の方に向けたまま、静かに言葉を続ける。
「……私も昔、空を走る少女を書いたことがあるの。誰にも見せてないけど」
「え……ほんとですか?」
「でも、今はもう……“走ってない”。私は、読むだけの人になった。そう思ってた」
風が、ふっと吹いた。
「けれど、あなたの文章を読んで、少しだけ、また走ってもいいかもしれないって思ったのよ」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「ありがとう。“創作は、干渉されない空間”……だけど、ときどき誰かの言葉に揺れても、いいのかもしれないわね」
それだけ言って、静流先輩は去っていった。
その背中が、なんだか遠くの空に向かって、歩いているように見えた。
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その夜、僕はまたノートを開いた。
> 空を走る少女は、まだどこかの空を駆けている。
合宿は、あと一日。 だけど僕の創作は、まだ続いていく。
この“文学”という静かな街で、 僕は少しだけ、自分の“書く理由”に近づけた気がしていた。




