物語はここから、夏と空の境界線
「タイトルは、“空の上の彼女”ってどうかな」
安宅の描いたイラストにインスピレーションを得た僕は、物語の方向性をひとつ決めた。
夏の終わり、少女は雲の上を歩いていた――
季節の移ろいと、まだ形にならない未来。
そんな“不安”と“希望”の間を揺れる青春の物語。
「なるほど、“空”を舞台にして“地上”に未練を残す少女か……青春文学ってジャンル、合ってるかもな」
安宅はそう頷きながら、次々と新しい表情のラフを描いていく。
「性格はちょっとクールめで、でも内心はすごく繊細な子……そんな感じかな」
「うん、それ、すごく“書けそう”な気がする」
僕の中で、彼女の声が少しずつ輪郭を持ち始めていた。
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夕方になり、参加者たちはそれぞれの作業から一旦手を離し、食堂に集まっていた。
「やあ、初参加?」
話しかけてきたのは、帽子を深くかぶった文学青年風の男性。
名前は小日向さん。詩や短編小説を書いている大学生だという。
「おれは“風の通る町の話”って連作をずっと書いててさ。
……でも、今はちょっとスランプ中なんだよね」
「そうなんですか……僕も、ジャンル迷ってました」
「まあ、迷いながら書くのも“夏の醍醐味”ってことで」
ほかにも、イラストレーター志望の女の子・美影さんや、ライトノベル系の男子学生・真田くんなど、
個性豊かな創作仲間たちがいた。
それぞれがそれぞれの世界観で悩み、もがき、でもどこか笑っている。
(――こんなに“書いてる人”がいるんだ)
そんなことに、少し感動していた。
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夕飯後のロビーで、僕はふと一人の姿を見つけて固まった。
「あれ……?」
窓際で文庫本を読んでいた、長い黒髪の少女。
静かな佇まい。どこか凛とした雰囲気――
(……風紀委員の、早乙女先輩!?)
まさかの人物の出現に、僕は動揺を隠せなかった。
先輩はこちらに気づき、ゆるく目線だけを上げる。
「……佐藤くん。奇遇ね」
「せ、先輩も、参加してたんですか……!?」
「ここ、何度か来てるの。“誰も干渉してこない場所”って、意外と貴重だから」
小さく微笑んだ彼女は、相変わらず“静流”という名前がぴったりな空気をまとっていた。
「創作、頑張って」
それだけ言って、本に視線を戻す。
(……なんでこんな、物語みたいな出会いが……)
胸の奥が、また少しだけ高鳴った。
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部屋に戻ると、安宅がスケッチブックをこちらに差し出してきた。
「はいよ。これ、さっきの“彼女”の新カット。空の上で寝っ転がってるポーズな」
「うわ……これ、めっちゃいい!」
「だろ? 物語の後半で、“空に疲れて休むシーン”とか入れたくてさ」
「わかる……! 書きたい、それ!」
僕はキーボードに指を置く。
“空の上の彼女”が、どんな夏を過ごすのか。
この合宿所で僕がどこまで書けるのか。
想像と創作の夜が、ゆっくりと深まっていった。




