視点が変われば、世界も少し変わる
授業が終わった教室で、僕は窓際の席に座ったまま、ノートを閉じた。
最近の僕は、妙に“人の視線”が気になるようになっていた。
というより、「この人は今、どんなことを考えてるんだろう?」という疑問が、自然に浮かぶようになったのだ。
きっかけは、たぶん創作。
恋愛編で何人ものキャラクターの“内面”を想像し、書き、動かしてきたからかもしれない。
現実でも、「自分から見た相手」だけじゃなくて、「相手から見た自分」や「相手自身の視点」を考えるようになっていた。
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昼休みの教室。
「お前、最近ちょっと優しくなったよな」
そう言ったのは、席の前の男子。
僕は曖昧に笑って誤魔化す。
ただ、思い当たる節はある。
たとえば昨日、席替えで移動したばかりの女子がプリント配布で手間取っていたとき、
何も考えずに手伝いに行った。
それだけなのに、彼女は驚いたような顔で「ありがとう」と言ってくれた。
(……これが、視点を変えるってことなんだろうか)
“物語”の中だけじゃなく、現実でも。
誰かの内面に想像を向けることは、こんなにも日常を変えてくれるんだと、最近ようやく実感している。
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放課後、教室にて、
「……あれ?」
掃除当番を終えてカバンを取りに戻った僕は、教室の隅で立ち尽くしている雨宮さんを見つけた。
彼女は、言うまでもなくこのクラスのマドンナ。
明るくも落ち着いた雰囲気で、男子にも女子にも好かれている。
けれど、今の彼女の表情は、どこか困ったような――そんな印象だった。
「……どうしたの?」
声をかけると、雨宮さんは少し驚いたようにこちらを向いた。
「あ、佐藤くん。ごめん、ちょっと……ロッカーの鍵、開かなくなっちゃってて……」
「……ああ、たまにあるんだよね、ここのロッカー。ちょっと貸して」
僕はかがんで、何度か鍵を揺らすようにしてみた。
コツを思い出しながら力をかけると――カチリ、と音がして、扉が開いた。
「おお、開いた」
「……すごい、ありがとう」
ほんの些細なことだった。
でも、そのときの雨宮さんの表情は、ふっと緩んで――
僕の心の奥に、なぜかやさしい火が灯った。
以前の僕なら、たぶん声をかけずに通り過ぎていたと思う。
でも今の僕は、自然と想像していた。
「ロッカーが開かない雨宮さん」の視点で、彼女がどんな気持ちでいるか。
誰かに助けを求めたいけど、誰もいなかったとしたら――きっと不安だったろう、と。
(……これも、“創作の力”なのかもしれない)
物語を書いたことで、現実の誰かにも“想像”が届くようになった。
それがただの自己満足だとしても、僕は少しだけ、誇らしく思えた。
その夜、僕は再びパソコンに向かっていた。
アメリアの視点で描く“短編”の準備を始めるところだった。
けれど――頭の片隅には、あのときの雨宮さんの表情が、まだほんのり残っていた。
“現実”と“物語”は、完全に切り離せないものかもしれない。
どちらも、誰かの“心”でできているのだから。




