ようこそ! 物語の街へ!
「……ダメだ、全然書けない」
思わず口に出して、ため息をついた。
机の上には溶けかけのアイスと、止まったままの未完成の冒頭文。
モニターに映っているのは、投稿ページじゃなくて、「小説家になろう」のランキング。
“異世界転生 × 最強チート × 魔王学校”
“悪役令嬢のざまぁ復讐劇”
“令和知識でスローライフ無双!”
すごいな、みんな……どうやったらそんなに読まれるんだろう。
アイデアも展開も、僕には到底届かない場所に見える。
高校2年の春。
僕はひっそりと「なろう」で小説を書いている。
デビュー作は少しだけ読まれて、感想も数件もらえた。
でも、2作目、3作目と続けていくうちに、閲覧数も感想もどんどん減っていった。
今じゃ、投稿ボタンを押すのすら怖い。
面白いって、何だろう。
誰かの心に届く物語って、どうやって書けばいいんだろう――。
そんなことを考えていたときだった。
PCの通知音が鳴って、画面の端にメッセージが表示された。
> 《あなたの物語には“街”が必要です。
創作に迷った時は、物語の街へ――
【なろうタウン】へお越しください》
――NARO TOWN 管理局より
えっ……?
よくわからない。でも、添付された画像をクリックした瞬間、目が離せなくなった。
空に浮かぶ図書館、万年筆型の塔、ペンの雨が降る街。
ファンタジーとも夢とも、でも不思議と現実味のある世界が、画面の奥に広がっていた。
ふと視線を下げると、机の上に見覚えのない切符があった。
「……NARO-TOWN行き?」
そう疑問を口にした途端、視界が暗転した。
ーー
「ここは……どこ……?」
気がついたら、僕は見知らぬ駅に立っていた。
空気が少し甘くて、風がインクの匂いを運んでくる。
改札の向こうには、巨大なペン型のモニュメントと、不思議な案内板。
> 【ジャンル区画案内】
・ファンタジー通り
・恋愛商店街
・ミステリー裏路地
・現代ドラマ坂
・二次創作横丁
・完結作品墓地
……and more!
ジャンル……通り?
これ、どういうこと……小説の中に迷い込んだってこと?
「ようこそ、“なろうタウン”へ。創作に行き詰まった人?」
後ろから声がして振り向くと、ゴスロリ服の少女が立っていた。
まるで小説からそのまま出てきたみたいな格好で、手には羽ペン、背中には小さなブックバッグ。
「は、はい……あの、誰ですか?」
「私は『如月エリ』。“悪役令嬢系”の住民よ。あなたのジャンルは?」
ジャンル……そんなの、決まってない。
転生系とかスローライフ系とか、書いてみたけど、どれも途中で止まってるし。
「……まだ決めてない、というか、いろいろ迷ってて……」
「ふふっ、じゃあ、“迷い人”ね。ぴったりじゃない、この街に。
ここは、“物語を書く人たち”が集う場所。
ジャンルが通りになっていて、作家たちが、自分の作品と一緒に暮らしているの」
「作品と……暮らす?」
「そう。キャラクターと話したり、世界設定が具現化したり。
この街では、物語が“リアル”になるの。
あなたの書きたいもの、そのすべてと、きっと出会えるわ」
よくわからない。でも――
この街なら、何か変われるかもしれない。
「……わかりました。少し……歩いてみます」
声がほんの少し震えていたけど、胸の奥に、小さな灯がともっていた。