第9話 異変その3
「次は・・・・上野、お前だぁ!!!!」
野獣先輩が鋭く切り出した。
野獣先輩の目線の先には、ついさっき俺にプロテインバーの事情を説明してくれた、
爽やか笑顔のイケメン社員・上野先輩がいた。
彼は、ほんのわずかに目を伏せてから、ふうと肩をすくめた。
「……仕方ないですね。先輩に指名されたら、やるしかない」
さすがイケメン、承諾の仕方もスマート。なんかもう全部スマート。
しかし、上野先輩が一緒……! それだけでだいぶ安心だ……。
野獣先輩の無茶ぶりも、上野先輩に相談すればなんとかなるかもしれない。
何より、野獣先輩と二人きりじゃないってだけで、
精神的な圧力が桁違いに軽い。
しんと静まり返るオフィスの中、
野獣先輩はまたゆっくりと首を回し、
まるで次の獲物を探すハンターのように、
視線をオフィスの隅から隅まで泳がせていた。
沈黙。
誰も野獣先輩と目を合わせようとしない。
正直、全員が「俺じゃない、俺じゃない……」
と念じているのが可視化されているレベルで露骨だった。
ここはサバンナか? 肉食系の目線から逃げる草食たちの群れか?
そんな中——。
「はいはーい!」
突如として、ピッと勢いよく手が挙がった。
全員がその方を見た。
金髪。くしゃっとした無造作なヘアスタイル。
緩めのネクタイと、ラフにまくり上げたシャツの袖。
……いかにもチャラそうな男が、口角を上げて立ち上がった。
「朝日!!!その手は——お前を指名しろということでいいんだな?」
野獣先輩の問いに、金髪の男はニカッと笑って親指を立てた。
「もちろんっす。上野がやるなら、俺もやりま~す!」
と、ノリノリで野獣先輩にかけよる金髪。
上野先輩は「まったく……」と呆れ顔をしながらも、
どこか嬉しそうに笑っていた。
先輩同士の絆、というやつなのかもしれない。
金髪の朝日先輩はそのまま俺のほうにスタスタと歩いてきて、
やたら距離が近い位置で立ち止まり、俺の耳元でささやいた。
「——地獄へようこそ、新人くん」
背筋が凍った。
地獄…って、まだ何も始まってないのに不穏すぎる…。
「以上!!新商品のプロジェクトは俺と小鹿、上野、朝日が担当する!
精一杯がんばるから、みんな暖かく見守ってくれ!!」
野獣先輩の言葉に周囲の社員たちが拍手を送っている。
なに? 祝福? 哀悼? それとも生け贄が決まった儀式的な拍手?
あたたかいようで、妙に冷たい。
乾いたようで、重苦しい。
その拍手に包まれながら、俺の不安はもはや確信レベルにまで育っていた。
——このプロジェクト、絶対ヤバい。
そう確信せざるを得なかった。




