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となりの野獣先輩。  作者: おふとん
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第7話 異変

出社してまず気づいたのは、空気の“密度”だった。



妙にざわざわしていて、空調の効きすぎたビル内とは思えないほど、

オフィスには熱気がこもっていた。


誰かが騒いでいるわけでも、大声で怒鳴り合っているわけでもない。

でも、視線がひっきりなしに飛び交い、スマホの画面を覗く人間が何人もいた。



 ――なにか、あったな。これは。



スーツの襟を軽く正して、ネクタイを引き締めながら、

俺はそばに立っていた黒縁眼鏡の男性社員に声をかけた。

見た目はまるで少女漫画の二枚目キャラを実写化したような、整いすぎた顔。

おそらく先輩社員だろう。

キラキラしすぎてて目が焼けそう。



「あの……何かあったんですか?」



 そのイケメン社員は、少しだけ困ったような笑みを浮かべて俺に視線を向けた。



「君、新人の…確か名前は…」

「小鹿です」

「あぁ!そうそう!小鹿くん。僕は上野、改めて宜しく」

「よろしくお願いします」


上野先輩は小さく頷き話を続ける。


「……うちの新商品のプロジェクトの件、知ってる?」



「いえ、何も……自分、まだその“プロジェクト”のこと、

何も聞いてなくて……」



「じゃあ説明するよ。実はね、今うちの会社が全力で進めてる新商品があるんだよ」



「新商品、ですか?」



「うん、社運を賭けた……プロテインバー」



 「……プロテインバー?」



「そう。ただの筋トレ用のスナックじゃない。

味よし、栄養よし、保存性よしの三拍子そろった“完全栄養バー”を目指してる。

ビジネスマンやOL、受験生からジム通いの人まで、

誰でも手軽に栄養が取れるような設計でね。

商品の開発には、栄養士とフィットネスの専門家、マーケターが深く関わってる」



 俺の頭に、一瞬だけ野獣先輩が社員食堂でバナナを食べていた姿が

フラッシュバックした。



「そのプロジェクトの中心にいた社員がね。

昨日の夜、突然退職願出して、今朝には飛行機で海外に飛んじゃったんだよ」



「……え?」



 あまりに映画のワンシーンみたいな話に、

つい間抜けな返事が口から漏れた。

逃亡って、漫画の中の悪徳社長じゃないんだから。



「なんでも恋人と駆け落ちしたとかなんとか……しかも引き継ぎ一切なし。

今、デスクにいる部長が真っ青な顔をしてるのも無理ないよ…」



社内に充満していたピリついた空気の理由が、ようやく腑に落ちた。

いや、むしろ落ちすぎて地面を突き破りそう。



そのときだった。



 「遅れて申し訳ない!!!!!!!!!」



 重く響く低音とともに、オフィスの扉がゆっくりと開く。

そこに立っていたのは、野獣先輩――鍛え抜かれた体にシャツをピシッと着こなし、

なぜか髪型だけ朝の乱気流に巻き込まれたみたいにボサついていた。



 まさか……寝坊?

ってことは、今朝見た夢は正夢!?



「お、おはようございます」

と野獣先輩に向かって周囲の社員が一斉に頭を下げる。

その緊張感、まるで部長クラス。



それを見ていた小太りの男性社員が小走りに野獣先輩に駆け寄り、

おそらく昨夜の社員逃亡事件の詳細であろうことを耳打ちしていた。

先輩は腕を組みながら、数秒だけ天井を見上げた。



「……俺がやる!!」



 その一言に、場の空気が止まった。



「え……やるって、あのプロジェクトを?」

男性社員が言った。



 「そうだ。誰もやれないなら、俺がやる」



 誰もが言葉を失う中、野獣先輩はすでにネクタイを締め直し、動き出していた。

俺の隣で、さっきまで冷静だった上野先輩がぽつりと漏らす。



「……あの人、ほんと凄いな……」



 俺もまた、同じことを思っていた。



やる前から大変だとわかる仕事を引き受けるなんて、正気とは思えない。

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