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となりの野獣先輩。  作者: おふとん
13/17

第13話 怒り

昼休憩を終えた俺は、

再び例の小部屋――会議室のような場所に戻ってきた。


部屋には野獣先輩と太田先輩の姿があったが、

上野先輩と朝日先輩の姿が見えない。



「……あいつら、どこ行ったんだ?」



野獣先輩が腕を組みながら低く呟き、

スマホを取り出して二人に電話をかける。


けれど、どちらも応答がないようだった。


画面を睨みつけるように見つめながら、野獣先輩の眉がわずかにひそまる。



「電源切ってるわけじゃないが……出ないな」



「会社のどこかにいると思うので、俺、探してきます」



そう言って俺は立ち上がった。

自分のような新人が勝手に動いていいのか一瞬ためらったが、他に手もない。



「わかった。先に俺と太田で資料の確認を進めておく。

一通り回って、いなかったら戻ってこい」



「はい、わかりました」



俺は軽く会釈をして小部屋を出た。



午後の社内は昼の眠気を引きずるように少しだけ静かで、

社員たちのキーボードを叩く音が断続的に響いていた。


俺は人の少ない廊下を歩きながら、まずは社員休憩室、次に応接室、

そして喫煙所を探してみようと考えていた。



――にしても、どこに行ったんだろう。

まさか、さっきの流れでどこかサボってるんじゃ……?



そんな疑念を胸に抱きながら、俺はオフィスの片隅へと歩を進めていった。



社内の隅、滅多に人が通らない廊下を抜けた先――

そこには使われていないであろう部屋があった。


ふと立ち止まった俺は、

扉の向こうから聞き覚えのある二つの声が聞こえてくることに気づく。



「お前、小鹿君に何もしてないだろうな?」



低く鋭い声。上野先輩だ。



「しつこいな。ただ世間話してただけだって」



 軽く受け流すような口調。間違いない、朝日先輩。



俺は息を潜め、そっと扉に耳を当てる。

盗み聞きなんてする気はなかった、

けれど聞こえてきた内容が、明らかに俺の名前を含んでいたから、

体が勝手に動いた。



「じゃあ、これはなんなんだ?」



「自分用のドリンクだ。もういいだろ~、早くいかないと野獣先輩に怒られるぞ」



 ……なんの話だ?


頭の中が混乱する。

上野先輩は明らかに俺のことを心配していた。

けれど朝日先輩はどこか軽く、何かをごまかしているようにも聞こえる。



気づけば、俺の体はじんわりと熱を帯びていた。

胸がざわついて、呼吸も少し浅くなる。

何か見てはいけないものを覗いたような、不安と好奇心が入り混じる感覚。



その時だった。



「――っ!」



足がもつれて、思わず壁に肘をぶつけてしまった。

ゴンッと大きな音が廊下に響き渡る。



中の会話がぴたりと止まり、次の瞬間、扉が勢いよく開いた。



「……小鹿くん?」



上野先輩が扉の向こうに立っていた。

真剣な表情で俺を見つめるその目に、一瞬の驚きが走った後、微かに眉がひそまる。



「あ……いや、違っ……あの、先輩たちを探してて……!」



言い訳を口にする暇もなく、朝日先輩が奥から顔を出す。



「おっと、見つかっちゃったか。悪い!小鹿くん。

隠れてるつもりじゃなかったんだけどさ~」



彼は冗談めかした口調で言うが、俺の胸の中には不安が残ったままだった。




「小鹿くん……さっきの会話、聞いてたのか?」


顔をしかめながら、上野先輩がこちらを見る。


その右手には、見慣れない茶色い瓶が握られていた。



ふと、視線が吸い寄せられた。

「それ……なんですか?」



「ああ、これ…」

上野先輩は瓶を少し掲げて見せた。


「朝日が隠し持ってたマムシドリンクだ。俺も最初は冗談かと思ったけど、

どう見ても本物だ。こいつ、なんでこんなもん会社に持ってきてるんだよって話で……問い詰めてたんだ」



ぞわり、と背筋に嫌な汗が流れた。


途端に、また体の奥が火照るような熱が湧き上がる。

まさか、まさかそんなはずは……


 

すると、朝日先輩が不意にこちらに歩み寄ってきた。

人懐こい笑みを浮かべたまま、主人公の耳元に口を寄せる。



「知り合って間もない先輩からもらった飲み物を、警戒もせず飲むなんて……

ほんと、危機感ないよね、君」



心臓が凍りつく。


体が、頭が、拒絶の信号を送っているのに、

熱だけがどんどん増していく。

まさか——いや、でも、もし、もし本当に……



「……まさか、お茶の中に……あれを?」


 

おぼつかない声でそう口にした瞬間、上野先輩が目を見開いた。



「おい! まさか、お前、小鹿くんにこれを飲ませたのか!?」



怒気を含んだ声に、朝日先輩は肩をすくめて笑う。



「なにそんなに怒ってんの? ただのイタズラだって。マムシドリンク、

効果あるかなんて分かんないしさ。別に実害ないだろ?」



「実害があるとかないとかの問題じゃないだろ!これは——」



その時、重く鋭い声が飛んできた。



「……これは立派なハラスメントだ。朝日、お前、

それを理解してないなら本気で終わってるぞ」



野獣先輩だった。



彼の目にはいつもの柔らかさがなかった。

怒りを湛えた静かな視線が、じわじわと朝日先輩に向けられる。

空気が一気に張り詰めた。



「……野獣先輩……」



俺はその名を思わずつぶやく。

気づけば、自分の体は軽く震えていた。

その震えに気づいたのか、野獣先輩は俺の肩にそっと手を置く。



「大丈夫だ、小鹿。後は俺に任せろ」



その言葉に、思わず胸の奥が熱くなった。

さっきまでの火照りとは違う、どこか温かく、安心できる——そんな熱だった。



野獣先輩は無言で上野先輩の手からマムシドリンクの瓶を取り上げた。

その動作には一切の無駄がなく、

まるで軍人が武器を回収するかのようだった。



「お、おい……それ、もういいだろ……」


朝日先輩の声が震える。



だが、野獣先輩は容赦しなかった。

瓶の中に残っていた茶色い液体を朝日先輩の口元に突きつけ、

そのまま容赦なく流し込んだ。



「ぐっ……!! っ……ふざけんなっ!」


朝日先輩は咳き込みながら顔を背けた。

鼻に抜ける独特な匂いと、喉を焼く刺激が彼の全身を襲ったのだろう。



「目には目を、マムシドリンクにはマムシドリンクをだ」


 野獣先輩が静かに言い放ったその言葉には、圧倒的な説得力があった。



そして視線を鋭くして、続ける。



「この先、小鹿になにかしてみろ。俺が同じ目にあわせてやる」



その一言に、主人公は言葉を失った。


心の中にずっとあった不安が、すっと消えていくのを感じた。

頼もしい。

ああ、この人は……まるで——


(ヒーローみたいだ)



朝日先輩は苦しげに咳き込んだあと、急に笑い出した。

なんとも場違いで、不敵な笑みだった。



「……面白い……面白いぞ、あんた! 俺が求めてたのはこういうのだ! 

つまんない事務作業より、よっぽどスリルがあって楽しいじゃんか!!」



 バキッ——


鈍い音が部屋に響いた。

上野先輩の右手が、朝日先輩の頬を正確になぐっていた。



「……自分が楽しいなら、それで他人はどうなってもいいってか?

 ふざけんなよ、お前……」



 朝日先輩は何も言い返せず、よろめきながら床に崩れた。



野獣先輩はそんな彼に、まるで敵でも味方でもないような、

ただまっすぐな視線を向けた。

そして、朝日先輩に手を差し出した。



「立て。まだ俺達の仕事は終わってないぞ」



床に這いつくばったまま、朝日先輩が顔を上げた。

その目には、これまでとは違う戸惑いがにじんでいた。



「……あんた……俺をチームから外さないのか?」



 野獣先輩は静かに首を振った。



「それを決めるのは俺じゃない。小鹿だ」



全員の視線が俺に集まる。


時間が止まったようだった。

朝日先輩のいたずらは許せない。


でも、先輩の行動が完全な悪意だったとも思えない。

彼に手を差し伸べる野獣先輩と、彼を殴った上野先輩。


そして、選択を委ねられた——自分。



俺は、深く息を吸い込んだ。



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