第9話『バズらない、伸びない、焦りだけ』
第9話『バズらない、伸びない、焦りだけ』
「……え?」
朝、目が覚めるなり、俺はスマホを手に取った。
期待と興奮が入り混じる中、再生数を確認する。
「……なんで?」
俺の目が、画面に釘付けになる。
昨日の学園祭ライブ。ホロミューズにとって初めての大舞台。
ステージ上の彼女たちは最高だった。観客も盛り上がり、ライブ配信のコメント欄も好意的な意見で溢れていた。
だから、絶対にバズると思っていた。
だけど──
動画の再生数は、たったの4,000回。
コメントも、いいねも、思ったより伸びていない。
「……そんなバカな……」
俺は焦りながら、SNSを開く。
「#ホロミューズ」「#AIアイドル」で検索してみるが、投稿数はごくわずか。
「学園祭でAIアイドルがライブやってた」といった感想はあるけど、拡散されるほどの話題にはなっていない。
心臓が嫌な鼓動を打つ。
昨日のライブは、確かに成功したはずだった。
会場は盛り上がっていたし、コメント欄の反応も悪くなかった。
なのに──なぜ、バズらない?
「……何か、間違えたのか?」
胸の奥がじわじわと冷えていく。
ちょうどその時、ナナからメッセージが届いた。
『起きた?すぐに話したいことがあるから、例の場所で』
俺はスマホを握りしめ、ため息をついた。
──どうすればいい?
答えを求めるように、俺はナナとの待ち合わせ場所へ向かった。
---
ナナとの待ち合わせ場所──学校裏のベンチに着くと、彼女は既にスマホを操作しながら待っていた。
「ユウト、来たね」
ナナは俺の顔を見て、小さくため息をつく。
「……顔色悪いよ。まあ、気持ちはわかるけど」
俺は力なく頷いた。
「……ライブ、成功したはずだったのに……バズらなかった」
その言葉に、ナナはスマホの画面を見せてきた。
「これ、昨日のライブ配信のデータ。視聴者の滞在時間、かなり短い」
俺は思わず息をのんだ。
「……どういうことだ?」
「最初の1分で、視聴者の3割が離脱。3分後には半分がいなくなってる」
ナナの指が画面をスクロールする。グラフの視聴率がどんどん落ちていくのがわかった。
「最後まで見てるのは、ほんの一部ってわけ」
「そんな……」
俺は頭を抱えた。
ホロミューズのパフォーマンスは完璧だったはず。なのに、なぜ?
「理由はシンプルだよ」
ナナはスマホを閉じ、俺をじっと見つめる。
「ホロミューズは、まだ“推す理由”が弱い」
「……推す理由?」
「うん。ライブ自体は良かった。でも、見た人が“これを誰かに伝えたい”って思うほどの何かがなかった」
俺は言葉を失った。
たしかに、バズる動画には「拡散される要素」がある。
衝撃的な展開、感動するストーリー、個性的なキャラクター──そういうものがあるからこそ、人は共有したくなる。
「じゃあ、どうすれば……」
「それを考えるのが、プロデューサーの仕事でしょ?」
ナナはいたずらっぽく微笑んだ。
「焦るのはわかるけど、まずはホロミューズが“他とは違う”って思われる何かを作らないと」
俺は拳を握った。
──ホロミューズの“武器”を見つける。
簡単じゃない。でも、やるしかない。
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「とは言っても……“他とは違う”何か、か……」
ナナと別れた後、俺は校舎の屋上に来ていた。
考えを整理したかった。
──ホロミューズのライブは、決して悪くなかった。
でも、視聴者はすぐに離れてしまった。
それは「このアイドルをもっと見たい!」と思わせる何かが足りなかったから。
「……けど、それが何なのかが分からないんだよ……」
俺は深くため息をつく。
学園祭のライブで、ホロミューズは間違いなく輝いていた。
でも、その輝きは一瞬で終わってしまった。
──ファンが“推したくなる”アイドルとは何か?
その答えを見つけなければ、ホロミューズはこのまま埋もれてしまう。
「……どうすればいいんだ?」
焦りと不安が押し寄せる。
その時だった。
──ピロン♪
スマホの通知音が鳴る。
何気なく画面を見ると、ホロミューズのライブ映像をシェアした投稿が目に入った。
『AIアイドルって、やっぱり感情がないよね。すごいけど、なんか機械的っていうか……』
そのコメントを見て、俺は動きを止めた。
「……感情、か……」
そういえば、ナナも前に言っていた。
「完璧すぎるAIに足りないものは“心”」だって。
ホロミューズは、ダンスも歌も完璧だ。
でも、それだけじゃダメなんじゃないか?
──もっと、ファンの心を動かす何かが必要なんじゃないか?
俺の中で、ぼんやりとした考えが形を成し始めた。
「……やるしかないか」
ゆっくりと立ち上がり、スマホを握りしめる。
──ホロミューズに“心”を持たせる。
それができれば、彼女たちは“本物”になれるかもしれない。
俺は、再びナナにメッセージを送った。
『話がある。手伝ってくれないか?』
第9話『バズらない、伸びない、焦りだけ』 (完)