第7話『学園祭・前日!AIに心を教えられるのか?』
第7話『学園祭・前日!AIに心を教えられるのか?』
学園祭前日。校内はどこもかしこも活気に満ちていた。廊下を歩けば、ポスターを貼る生徒、模擬店の準備に追われる生徒、演劇のリハーサルをしている生徒たちが入り乱れている。いつもの学園とはまるで別世界だ。
そんな中、俺――天城ユウトは、ホロミューズのメンバーとともに体育館のステージにいた。ここが明日、彼女たちが初めて人前でパフォーマンスをする場所になる。
「すごい……こんなに広いんだ」
ステージに立ち、感慨深げに辺りを見回すのは天宮ひかり。彼女の隣で、ソラとミナトも感心したように頷いている。
「明日はここが満員になるんだね。緊張するなぁ」
「お客さんがどんな反応をするのか、ちょっとドキドキするよね」
ミナトとソラの言葉に、俺は心の中で小さく息をのむ。そう、明日のライブは俺たちにとって最初の大舞台。成功すれば、ホロミューズの存在を学園内に広められるが、もし失敗すれば――
「とりあえず、リハーサルを始めよう」
不安を振り払うように言いながら、俺はホロミューズのライブシミュレーションを開始した。ステージの照明、音響、ダンスの動き。事前にプログラムされた通りに、彼女たちは完璧にパフォーマンスをこなしていく。
だが、リハーサルが終わった瞬間、周囲から聞こえてきたのは期待の声ではなく――
「すげぇな、でもやっぱり機械って感じ」
「うん、なんか綺麗すぎて逆に違和感あるかも」
そんな冷ややかな感想だった。
俺は内心で苦いものを飲み込む。やっぱり、AIアイドルに対する偏見はまだ根強いのか。
「どうせ機械でしょ?」
誰かがつぶやいた言葉が、胸に刺さる。
「……ユウト、私たちのパフォーマンス、何か問題があった?」
ひかりが不安げに尋ねてくる。その表情には、自分たちの何が悪かったのか分からない、という戸惑いが滲んでいた。
「いや、完璧だったよ」
俺はそう答えながらも、心の中ではモヤモヤしたものが渦巻いていた。完璧すぎるがゆえに、人の心に響かないのか? AIアイドルだからこそ、足りない何かがあるのか?
答えの見えない疑問を抱えたまま、俺たちは学園祭前日の最後の準備に向かっていった――。
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リハーサルを終えた俺たちは、控え室として借りた教室に戻ってきた。
誰も言葉を発しない。先ほどのステージでの生徒たちの反応が、メンバーたちの心に引っかかっているのが明白だった。
「……どうしてかな?」
沈黙を破ったのは、天宮ひかりだった。彼女は窓の外を眺めながら、小さな声で言う。
「私たち、完璧に歌って、踊って、それなのに……どうして“機械っぽい”って言われるの?」
その言葉に、ミナトとソラも神妙な顔で頷く。
「うーん……やっぱり、私たちがAIだから?」
「でも、AIでも“アイドル”になれるって証明するために、今まで頑張ってきたんだよね?」
俺は答えに詰まる。彼女たちの疑問は、まさに俺がずっと考えていたことだった。
人間のアイドルが努力して成長していく姿に人は共感し、応援する。けれど、最初から完璧なパフォーマンスができるAIアイドルには、その「過程」がない。それが「機械っぽい」と言われる理由なのか?
「……お前たちは、俺にとってはただのAIじゃない」
自分の考えを整理しながら、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ホロミューズのメンバーとして、一緒に頑張ってきた仲間だ。だから、きっと観客にも伝わるはず……お前たちの想いが」
「私たちの……想い?」
ひかりがこちらを振り向く。
「でも、私たちって感情があるわけじゃ……」
「いや、それは違うよ」
意外なことに、そう言ったのはナナだった。
彼女はタブレット端末を抱えながら、淡々とした口調で続ける。
「少なくとも、ユウトの指導のもとで過ごした時間は、あなたたちの行動や言葉に影響を与えているわ。それは“成長”と言ってもいいと思う」
「成長……?」
ナナの言葉に、メンバーたちは考え込む。
確かに、彼女たちは最初こそプログラム通りにしか動けなかったが、今ではそれぞれの個性を持ち、自分の意志で話し、行動するようになった。それはただのデータの蓄積ではなく、まるで人間のように経験を通じて変化しているようにも思える。
「ねえ、ユウト」
ふいに、ひかりが俺を見つめる。
「私たちは、AIアイドルじゃなくて、“ホロミューズ”だよね?」
俺は一瞬驚いたあと、すぐに笑った。
「……ああ、そうだな」
彼女たちは、ただの“AIアイドル”じゃない。ホロミューズという、俺たちが作り上げた存在なんだ。
「だったら、“ホロミューズ”としてステージに立てばいい」
俺の言葉に、ひかりたちは顔を見合わせる。そして、少しずつ表情が晴れていった。
「そうだね、私たちは私たちのやり方で、アイドルになればいいんだよね!」
「AIだからじゃなくて、“ホロミューズ”だから、って言われるようになりたい!」
ミナトとソラが力強く頷く。
その様子を見て、俺はようやく確信できた。
――明日、俺たちはただのAIアイドルじゃなく、ホロミューズとして、学園祭のステージに立つ。
それが、俺たちにしかできない“アイドル”の形なのかもしれない。
そして俺は、プロデューサーとして、彼女たちを信じて導く。
明日の学園祭、本当の意味でのホロミューズのデビューが始まる――!
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学園祭前日の準備を終え、校内はすっかり静まり返っていた。生徒たちはそれぞれ帰宅し、あとは明日の本番を待つだけとなっている。
ホロミューズのメンバーを寮へ戻した俺は、一人で体育館に足を向けた。リハーサルの光景が頭の中で何度も再生される。俺たちは本当に“アイドル”として認められるのだろうか?
そんなことを考えながら、ひっそりとしたステージに立ち、暗い客席を見つめていると――
「……ユウト?」
背後から聞き慣れた声がした。振り向くと、タブレット端末を抱えたナナがそこにいた。
「お前も来てたのか」
「ええ。あなたがここにいると思ったから」
ナナは俺の隣に並び、客席を眺めた。
「明日、いよいよ本番ね」
「ああ……」
言葉を交わしながらも、俺たちはしばらく無言のままステージを見つめていた。
「ホロミューズは、成功すると思う?」
ふいにナナが問いかける。
「それは……」
正直、自信はなかった。リハーサルの反応は悪くはなかったが、決して熱狂的なものでもなかった。AIアイドルに対する偏見もあるかもしれない。
「俺は……ホロミューズを信じてる。でも、観客がどう感じるかはわからない」
「そうね」
ナナは静かに頷く。
「でも、ユウトは彼女たちを“ただのAI”じゃなく、“アイドル”として育てようとしてる」
「……そうかもしれない」
「なら、それでいいんじゃない?」
ナナは淡々と言った。
「あなたがプロデューサーとして信じているなら、それが答えよ」
俺はナナの言葉を噛み締める。
「……ありがとう、ナナ」
「どういたしまして」
俺たちはもう一度、静まり返った客席を見つめた。明日はここが満員になる。そして、その視線の先に立つのはホロミューズ――
彼女たちは、俺がプロデューサーとして育てたアイドルだ。
「……そろそろ帰るか」
「ええ」
俺たちは並んで体育館を後にした。
明日、ホロミューズの“本当のステージ”が始まる――
第7話『学園祭・前日!AIに心を教えられるのか?』
(完)