第6話『プロデューサーはコミュ障オタク』
第6話『プロデューサーはコミュ障オタク』
「うわあああああっ!? 嘘だろ……!」
放課後の教室で、俺――ユウトは思わず頭を抱えた。
目の前には、ホロミューズの3人――ひかり、ミナト、ソラ、そして俺のスマホに映るナナ。
学園祭のリハーサルが終わり、明日の本番に向けて最終確認をしていたのだが、そこで衝撃的な事実が発覚した。
「えっと……つまり、学園祭でのステージ出演、まだ正式に許可されてないってこと?」
ミナトが冷静に整理する。
「そういうこと」
ナナがモニター越しに淡々と答えた。
俺の手の中のスマホ画面には、ナナが学園の内部システムにアクセスして取得した情報が表示されていた。
「ホロミューズの出演申請、最終審査待ち」――そう書かれている。
「でも、先生からは『大丈夫』って言われてたはずじゃ……?」
ひかりが不安げに俺を見る。
「おそらく、生徒会の審査を通過しないと正式に決まらない仕組みなんだろうね」
ソラが腕を組みながら推測する。
「じゃあ、その審査ってどうやったら通るの?」
俺が尋ねると、ナナは画面の向こうで肩をすくめた。
「プレゼン。生徒会に対して、ホロミューズが学園祭にふさわしいグループだと証明するの」
「……は?」
一瞬、脳が理解を拒否した。
「プレゼンって、あのプレゼン?」
「そう。パワポ作って、人前で説明する、あのプレゼン」
「……俺がやるの?」
「うん、プロデューサーだからね」
「無理無理無理無理無理無理!!」
俺は本気で叫んだ。
何を隠そう、俺は極度のコミュ障。
人前で喋るなんて、クラスで自己紹介するだけでも死ぬほど緊張するのに、生徒会の前でプレゼンなんて……拷問か!?
「いやいや、無理だから! ひかりたちがやればいいだろ!? ホロミューズのことを説明するんだからさ!」
「それはダメ」
ナナが即答する。
「学園祭の出演者が自分たちのステージをアピールするのは利害関係があるから、公正な審査にならない。プロデューサーであるユウトが説明するのが一番筋が通る」
「……詰んだ」
俺は膝から崩れ落ちた。
すると、ひかりがそっと肩に手を置く。
「大丈夫、ユウトならきっとできるよ!」
「いや、できるわけないだろ……俺、こういうのマジで苦手なんだって……」
「ユウト」
ミナトが静かに言った。
「私たち、これまでずっとユウトに導かれてきたよね。ホロミューズのコンセプトを決めたのも、楽曲を選んだのも、全部ユウト。なら、今回もきっとできる」
「そうそう!」
ソラがにっこり微笑む。
「話すのが苦手なら、視覚的に伝える方法もあるよ! 動画を作って、生徒会に見てもらえばいいんじゃない?」
「……っ」
俺の中で、少しだけ光が見えた気がした。
「それに、ナナも手伝ってくれるよね?」
ひかりがスマホに向かって問いかける。
「もちろん。プレゼン用の資料作成なら、私がサポートするよ」
ナナの冷静な声が、俺の背中を押すように響いた。
「……分かった。やるしかない、か」
---
昼休み。俺――天城ユウトは、生徒会室の前で立ち尽くしていた。
(……無理だ。帰ろう)
「逃げるな!」
スマホ越しにナナの厳しい声が響く。
隣では、ひかり、ソラ、ミナトが心配そうに俺を見つめていた。
「ユウト、大丈夫?」
「そんなに緊張しなくても……」
いや、無理だって!
俺はただのコミュ障オタクだぞ!?
⸻
中学のときの記憶がよみがえる。
みんなの前で発表する機会があった。
「……ぼ、ぼくは……えっと……」
言葉が出てこない。
教室には気まずい沈黙が広がる。
視線が突き刺さる。喉が渇く。頭が真っ白になる。
「天城、緊張しすぎじゃね?」
「やば、声震えてるしw」
クスクス笑うクラスメイトたち。
それ以来、俺は人前で話すのを極力避けてきた。
それなのに、今は学園祭のステージ出演をかけた生徒会へのプレゼンをしようとしている。
「……やっぱ無理だ、帰る」
「だから逃げるなって!」
ナナが容赦なく叱る。
「プレゼンは私が作った資料通りに話せばいい。
あなたの仕事は、ホロミューズをこの学園祭で輝かせたいって想いを伝えることよ」
「想いを……伝える?」
「そうよ。あなた、今までずっと頑張ってきたじゃない。
ライブ配信だって、衣装選びだって、楽曲の制作だって……ホロミューズのためにやってきたんでしょ?」
「……それは、そうだけど」
「なら、自信を持ちなさい」
ナナの声が少し優しくなる。
「ユウト、君なら大丈夫だよ」
「私たち、信じてるから!」
ひかりとソラが微笑む。
ミナトも、落ち着いた表情で俺の肩を叩いた。
「ほら、時間だ。行こう」
俺は、もう一度深呼吸をする。
緊張で足が震える。でも……みんなが背中を押してくれている。
「……よし、行く!」
震える手で、生徒会室の扉をノックした。
「失礼します……!」
⸻
生徒会室の中は、圧倒的なプレッシャー空間だった。
長机の向こうに座る生徒会長・橘レイカは、冷静な眼差しでこちらを見つめている。
隣の副会長・西園寺カナメは、興味深そうな表情を浮かべていた。
「時間通りですね。では、プレゼンを始めてください」
(や、やばい……! 緊張で足が震える!)
それでも、俺は必死にタブレットを操作し、資料をプロジェクターに映し出した。
「え、えっと……ぼ、僕は、ホロミューズのプロデューサーをしている、天城ユウトです。
本日は……その、学園祭のステージでの出演許可をいただくために……」
やばい、やばい、噛みまくってる……!
生徒会の視線が突き刺さる。特にレイカ会長の冷静な眼差しが、心をえぐってくる。
「……お、お願いします!!」
(やっちまった……!)
「……ふふっ」
カナメ副会長が小さく笑った。
くそ、笑われた……!? と思ったが、馬鹿にしているわけではなさそうだ。
「緊張してるね。でも、ちゃんと伝えようとしてるのは分かるよ」
「え?」
「じゃあ、話を聞かせてもらおうか」
(……!)
少しだけ、空気が和らぐのを感じた。
俺は、もう一度深呼吸をして、プレゼンを再開した。
⸻
生徒会室に響く静寂。
俺は深呼吸をして、画面に映し出されたスライドを指し示す。
「え、えっと……ホロミューズは、最新のAI技術を活用したアイドルグループです」
「AIアイドル……?」
生徒会長・橘レイカの表情がわずかに動く。
「はい。彼女たちは、リアルタイムで成長し、ファンの反応を学びながら進化する、次世代のバーチャルアイドルです」
スライドには、ホロミューズのメンバー紹介が映し出される。
ひかり、ソラ、ミナトのビジュアルと、彼女たちの特徴を説明するテキストが並ぶ。
「AIアイドル……確かに珍しいですね。でも、それが学園祭でのステージ出演とどう関係するんですか?」
副会長・西園寺カナメが興味深そうに尋ねる。
俺はゴクリと唾を飲み込む。
ここからが本題だ。
「ホロミューズは、単なるAIではなく、人の心を動かすアイドルです」
「……心?」
レイカ会長が眉をひそめる。
「確かに、彼女たちはAIです。ですが、ファンの声援や応援を受けながら、自分たちの表現を磨き、成長していきます。
そして、ライブを通じて観客と感情を共有し、一体感を生み出すことができるんです!」
俺は、ホロミューズのこれまでのライブ配信のデータをスクリーンに映し出す。
「このグラフを見てください。これは、ホロミューズの初配信から現在までのフォロワー数の推移です。
最初はまったく注目されませんでした。ですが、彼女たちのパフォーマンスが話題になり、ファンが増えていきました」
カナメ副会長が目を細める。
「確かに、すごい伸びですね……でも、それだけで学園祭にふさわしいとは言えませんよ?」
「もちろんです。でも、ホロミューズにはこの学園祭だからこそ出演する意味があります!」
俺は一歩前に出て、生徒会メンバーを見渡す。
「この学園祭は、学校の一大イベントです。
たくさんの人が訪れ、さまざまなステージが開催されます。
そこで、ホロミューズは新たな挑戦をしたいんです!」
スライドが切り替わる。
そこには、学園祭でのホロミューズのステージプランが表示されていた。
「ホロミューズのライブは、観客参加型のインタラクティブライブです!
会場の観客がリアルタイムでコメントを送ったり、声援を送ることで、ホロミューズのパフォーマンスが変化します。
つまり、観客の応援が彼女たちを成長させ、ステージをより盛り上げるんです!」
生徒会室の空気が変わる。
「観客参加型……?」
レイカ会長がスライドをじっと見つめる。
「はい。ステージ上のスクリーンには、観客の声援がリアルタイムで表示されます。
それを受けて、ホロミューズが即座に反応し、ダンスや歌に変化をつけるんです!」
「面白いアイデアですね……」
カナメ副会長が顎に手を当てる。
俺は最後のスライドを映し出した。
そこには、ホロミューズのライブステージの完成イメージが描かれている。
「この学園祭で、ホロミューズは新たなステージに挑戦します!
観客の皆さんと一緒に創る、今までにない学園祭ライブを実現したいんです!」
俺は深く頭を下げた。
「どうか……ホロミューズに、学園祭でのステージ出演のチャンスをください!」
⸻
静寂が訪れる。
俺の心臓はバクバクと音を立てていた。
やばい、ちゃんと伝わったのか……?
俺が緊張で唇を噛みしめていると――
「……ふふっ、いいですね」
カナメ副会長が微笑む。
「会長、私は賛成です。この企画、すごく面白そうですし、何より学園祭を盛り上げてくれそうです」
「……確かに」
レイカ会長が腕を組み、しばらく考え込む。
そして――
「では、生徒会としてもホロミューズの出演を正式に認めます」
「っ……!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の肩の力が一気に抜けた。
「よ、よかった……!」
「やったね、ユウト!」
「お疲れさま!」
スマホ越しにナナも、「まあ、当然の結果ね」と満足げに呟いた。
こうして、俺はコミュ障オタクながらも、なんとか生徒会へのプレゼンをやり遂げた。
そして――ホロミューズの学園祭出演が正式に決定したのだった!
第6話『プロデューサーはコミュ障オタク』(完)