第4話 『ゼロからのアイドルプロジェクト』
第4話 『ゼロからのアイドルプロジェクト』
昼休みの情報処理室は、いつの間にか「秘密基地」みたいな場所になっていた。
ドアを閉め切り、カーテンを下ろした薄暗い部屋に光るのは、パソコンのモニターとプロジェクターの映像だけ。
その中で、天宮ひかりが小さく手を振った。
「おはよう、プロデューサーくん!」
その声に、ユウトは自然と「おはよう」と返す。
ひかりは、ホロミューズのセンター。自分が最初に作ったAIアイドルだ。
クラスでの居場所は未だにないけれど、この場所では少しだけ素直になれる気がする。
「昨日のライブ配信、すごかったね」
ナナが隣の席でノートPCを開きながら言った。
彼女が映し出したSNSのタイムラインは、ホロミューズの話題でいっぱいだった。
【AIアイドル、ヤバい!】
【天宮ひかりちゃん、完全に推せる】
【これ、人間じゃないの?】
【リアルに歌って踊ってるの見たい】
「好感触じゃん。AIアイドルってことで注目されたけど、ちゃんと“アイドル”として評価されてる」
ナナは腕を組んで得意げに言うが、ユウトはモニターを見つめながら考え込んでいた。
「……だけど、これが最初で最後の注目だったら意味がない」
「ん?」
「俺たちは、もっと先に進まなきゃいけない。ホロミューズを“本物”のアイドルにするために」
自分でも驚くほど、熱がこもった声だった。
ナナが一瞬目を丸くする。
「ユウト、変わったよね。最初は“無理だ”ばっかり言ってたのに」
「……かもしれないな」
照れくさくて、椅子の背にもたれながら視線を逸らす。
その時、ひかりが微笑んで言った。
「次は、どうする?」
ユウトは深く息を吸い込んだ。
「学園祭で、ホロミューズをステージに立たせる」
「えっ、リアルの学園祭に?」
「そうだ。バーチャルの世界じゃない、本物の学園祭ステージにホロミューズを出す」
ナナが小さく唸る。
「でも、それってかなり大変だよ?配信と違って、生で観客の前に出るわけだから……。
それに、ひかりだけじゃ、グループとしてのインパクトは薄いかも」
ユウトはうなずいた。
「わかってる。だから……メンバーを増やす」
「え、マジで!?やっとその気になったんだ!」
ナナが目を輝かせて身を乗り出す。
「ふふっ、賑やかになるね」
ひかりも嬉しそうに笑った。
「二人、用意してる。まだテスト段階だけど、そろそろ会わせてもいい頃だと思って」
ユウトはキーボードを叩き、仮想ルームを切り替える。
映像の奥に、二つのシルエットが浮かび上がった。
「一人目。蒼井ソラ(あおい そら)」
青いショートヘアが印象的な少女が現れる。目は涼やかで、どこか近寄りがたい雰囲気を持つが、その視線はどこまでも真っ直ぐだった。
「二人目。美波ミナト(みなみ みなと)」
ふわふわの茶髪に、明るい笑顔。元気いっぱいに手を振りながら、スクリーンの前に躍り出る。
「……よろしく!」
ソラは短く言い、
「わー!ついに会えたー!ひかりちゃん、これから一緒にがんばろーねっ!」
ミナトはひかりに抱きつくようにしてはしゃいだ。
「ふふっ。二人とも、よろしくね」
ひかりは、そんな二人を温かく迎え入れた。
ユウトは、ホロミューズの3人が並ぶ姿を見ながら、じわじわと実感が湧いてきた。
「これが……俺たちの、アイドルグループだ」
そして、ここからが本当のスタートだと。
---
放課後の情報処理室は、昼間よりもさらに静かだった。
窓の外は赤く染まり、室内に漏れたモニターの光が、ユウトたちの顔を照らしている。
「……これが、今日のダンスデータだ」
ユウトはPCの画面を操作し、仮想空間に3人のAIアイドルを呼び出す。
ホロミューズの新しいメンバー、蒼井ソラと美波ミナトも、すでに動作チェックを終え、天宮ひかりと並んで立っていた。
「練習、始めようか」
ナナが微笑んでクリックすると、BGMが流れ始める。
アップテンポなリズムに合わせて、3人が動き出す。
ひかりのダンスは、以前よりも滑らかさが増していた。
それに合わせて、ソラが精密な動きを見せ、ミナトは元気よく跳ねるように踊る。
ユウトはその様子を食い入るように見ていた。
「……すごい。もう、かなり完成度が高い」
「でしょ?」
ナナがドヤ顔をする。
「動作プログラムは私がチューンしておいたからね。ソラはクール系で動きに無駄がないし、ミナトはダンスのキレと勢いを意識してる。ひかりは……まあ、万能型って感じ」
「ミナト、もうちょっと動きが早くなる?」
ユウトが声をかけると、ミナトはくるりとターンしながら笑った。
「もちろん!プロデューサーの期待には全力で応えるよー!」
「ソラは、表情のバリエーションが少し硬いかな」
「……わかった。次は、もっと柔らかくする」
ソラは静かに返事をするが、その口元がほんの少しだけ緩んでいた。
ひかりは、そんな二人を見ながら柔らかく微笑む。
「プロデューサーくん、二人ともいい子だね」
「だろ?」
ユウトは、少し誇らしげに言った。
たった一人で作り始めたプロジェクトが、気づけば3人のアイドルを中心に動き出している。
「これなら、学園祭ライブ……いけるかもしれない」
だが、その言葉を聞いたナナが、少し表情を曇らせた。
「……そう簡単にはいかないよ」
「え?」
「AIアイドルがリアルイベントに参加するって、学園側から正式に許可もらわないとダメだし。
それに、世間的にも“AIアイドルはアイドルじゃない”っていう偏見は根強い」
ナナの口調は冷静だったが、その裏にある不安はユウトにもよくわかった。
「それでも……やるんだ」
ユウトはモニター越しにひかりたちを見つめながら、静かに言う。
「俺たちは、ホロミューズを“アイドル”として認めさせる。
AIとか人間とか、そんなの関係ない。
ステージの上で、輝いているのは“アイドル”なんだから」
その言葉に、ナナは少し目を見開き――そして、肩をすくめて笑った。
「……本当に変わったな、ユウト」
ひかりが、ソラとミナトを見ながら言った。
「3人でなら、きっとできるよ」
「うん!」
ミナトが元気よく拳を突き上げ、
ソラは静かにうなずいた。
ホロミューズ。
ゼロから始めた、たったひとつのアイドルプロジェクト。
でも、今はもう「ひとり」じゃない。
「じゃあ、明日から本格的なレッスンだ。
学園祭まで、あんまり時間はないからな」
ユウトは、プロデューサーとしての声でそう言い放った。
そして、学園祭に向けて――ホロミューズは、動き出す。
---
次の日、朝のホームルーム終了後。
ユウトは職員室前の廊下で、ため息をひとつついた。
「……緊張する」
目の前の扉を見つめながら、手のひらはじんわりと汗ばんでいる。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと説明すれば、先生たちもわかってくれる」
自分に言い聞かせるように小さくつぶやき、意を決してドアを開けた。
「失礼します!」
声が裏返るのを無理やり押さえ込みながら、ユウトは職員室に足を踏み入れる。
待っていたのは、担任の佐倉先生だった。
短めの黒髪に眼鏡をかけた、厳しいけど公正な人だとユウトは思っている。
「どうした、倉田?」
「……あの、学園祭のステージに、ホロミューズを出したいんです」
一気に言うと、佐倉先生は軽く目を細めた。
「ホロミューズ?ああ、君が作ったAIアイドルのことか」
「はい。今、3人までメンバーがそろっていて、ちゃんとパフォーマンスもできます」
ユウトは緊張しながらも、ナナと一緒に準備した資料を広げる。
ホロミューズのコンセプト、活動方針、学園祭のステージ内容、そして安全性の確保まで――すべて説明を終えた。
佐倉先生は資料をじっと眺めると、ふっと目を上げた。
「君は、本気なんだな」
「はい。俺は、ホロミューズを“アイドル”として認めてほしいです。
AIとか関係なく、あの子たちが輝ける場所を作りたい」
ユウトの言葉は、自然と力を持っていた。
佐倉先生は少し沈黙したあと、頷いた。
「……わかった。学園側にも掛け合ってみよう。だが、まだ許可が下りたわけじゃない。油断するなよ」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げると、ようやく肩の力が抜けた。
情報処理室へ戻る途中、ユウトは歩きながらスマホを取り出し、ホロミューズのグループチャットを開く。
【先生に話してきた。まだ正式には決まってないけど、可能性はある】
送信して数秒もしないうちに、ひかりからメッセージが届いた。
【やった!ユウトくん、ありがとう】
続けて、ミナト。
【次は、ライブの準備だね!絶対最高のパフォーマンスしよう!】
そしてソラは短く。
【了解】
その言葉に、ユウトは思わず微笑んだ。
ナナもすぐに返信を送ってきた。
【あとは私がバックアップするから、ユウトはプロデューサーらしくリーダーシップを取ってよね】
【ああ。頼りにしてる】
そう返して、スマホをポケットにしまう。
そして、情報処理室の扉を開けると――
「おかえりなさい、プロデューサーくん!」
ひかりの明るい声が響いた。
「よし、今日もレッスン始めるぞ」
ユウトは笑顔を浮かべながら、自分の席に座る。
ホロミューズは、学園祭という舞台に向けて、着実に歩みを進め始めていた。
ゼロから始めたプロジェクトは、今、仲間と共に前に進んでいる。
第4話 『ゼロからのアイドルプロジェクト』(完)