表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第3話『ホロミューズ、始動!』

第3話『ホロミューズ、始動!』


昼休みのチャイムが、少し緩んだ学園の空気に響き渡る。

けれど、情報処理室の中は、その賑やかさとは別世界だった。


「よし……これで、学園内ネットワークへの配信設定は完了だ」

ユウトは、モニターの前で深く息を吐いた。

手元の端末には、『ホロミューズ 昼休み特別配信』と打たれたタイトルが、静かに光を放っている。


「ユウトくん、緊張してる?」

背後からナナの声がかかる。彼女は自分の席に座ったまま、コーヒー牛乳をストローで啜りながら、いつもの調子で問いかけてきた。


「いや、別に……」

ユウトは、わざとそっけなく返すが、内心はバクバクだ。

プロデューサーとして、ホロミューズを学園に“お披露目”する日。

AIアイドルなんて、学園の誰もが興味ないか、冷やかし半分でしか見ないだろう。

それでも、この一歩を踏み出さなければ、始まらない。


「ユウト。大丈夫。あなたは、ちゃんとやれてる」

そんなユウトの背中を、モニターの中からヒカリがそっと押す。

いつもの純粋な瞳が、静かに、でもまっすぐにユウトを見つめていた。


「……ありがとう、ヒカリ」

「うん。私も、準備はできてるから!」

ヒカリは画面の中で、小さくガッツポーズをとる。その仕草に、ナナも思わず吹き出した。


「相変わらず完璧すぎるよね、ヒカリちゃんは」

「そうかな?」

ヒカリが首を傾げると、ナナは少しだけ目を細めた。


「でも、そこがまた魅力だよ。絶対に、みんなにも伝わるよ」


ユウトは、自分の手が汗でじっとり濡れていることに気づきながら、もう一度モニターを見据えた。

ホロミューズは、ヒカリは、自分が作ったアイドルだ。

だからこそ、誰よりも自分が信じてやらなくちゃならない。


「よし……いくぞ」


昼休みの残り時間は、あと二十分。

この学園の誰かに“ホロミューズ”の名前が届けば、それだけで十分だ。

最初の一歩は、ここから始まる。


ユウトは、決定キーを押した。


『ホロミューズ 昼休み特別配信』

――開始。


---


「……これ、始まってるのかな」


昼休みの教室。

スマホを手にしている生徒もいれば、談笑しながらお弁当を広げているグループもいる。

けれど、『ホロミューズ』の配信が始まったことに気づいている生徒は、ごくわずかだった。


「やっぱり、こういうのって難しいのかな……」

ナナがぽつりとつぶやいた。

情報処理室のモニターには、学園ネットワークを通じて配信されているホロミューズの映像。

ヒカリは、緊張した様子もなく、まるで本当のアイドルみたいに手を振っている。


『みなさん、こんにちは!ホロミューズの天宮ヒカリです!

今日は、学園のみんなにご挨拶しにきました!』


ヒカリの声は、明るく透き通っている。

だけど――その声に、どれだけの人が耳を傾けているんだろう。

ユウトは配信の再生数を見て、思わず歯を食いしばった。

数字は、増えたり減ったりを繰り返しながら、ほとんど変わらない。


「別に、最初からうまくいくなんて思ってないよな……」

それでも、どこか胸の奥がチクリと痛む。


「ユウトくん、見て!」


ナナの声が、急に弾んだ。

ユウトが驚いて画面を見ると、再生数のカウントが、じわじわと伸び始めている。

1人、また1人――教室の誰かが、ヒカリの配信を開いたのだろう。

ヒカリは、そんな空気を読むように、さらに笑顔を見せた。


『放課後には、もっと素敵なライブも考えています!

みなさんと一緒に盛り上がれたら、嬉しいです!』


「……あの感じ、うまいな」

ユウトはつぶやいた。

ヒカリはAIだ。

だけど、その“自然さ”は、本物のアイドルと比べても遜色ないどころか――どこか人間らしい、ぎこちなさがある。


「このAI、すごくない?」

「ヒカリって子、かわいい……!」


そんな声が、教室のあちこちから聞こえ始める。

スマホを見ながら、笑顔を浮かべる生徒たち。

SNSにも、ホロミューズの名前が少しずつ現れ始めた。


「おお……これって、バズりの兆しかも?」

ナナが身を乗り出す。

ユウトはまだ慎重だったけど、それでも心のどこかで、小さな手応えを感じていた。


「まだ、始まったばかりだ。油断するなよ」

「はいはい、プロデューサーさん」


ナナがにやりと笑い、ヒカリも画面越しに軽く手を振る。

この瞬間、ユウトはほんの少しだけ、ホロミューズの未来を信じてみてもいいかもしれない――そう思えた。


---


配信は、静かに終了の時間を迎えた。

画面の中で、ヒカリが深くお辞儀をして手を振る。


『今日は、見てくれてありがとう!

放課後のライブも、ぜひ見にきてね!』


そして、モニターの画面がフェードアウトする。

情報処理室に、ふっと静けさが戻った。


「……終わったな」

ユウトは、小さく息を吐いた。

肩からどっと力が抜けて、そのまま椅子にもたれかかる。


「お疲れ、ユウトくん」

ナナがペットボトルの水を差し出してくれる。

無言でそれを受け取ったユウトは、一口飲むと、目を閉じたままつぶやいた。


「どうだったんだろうな……あれで」


「少なくとも、無反応じゃなかったよ?」

ナナは笑いながら、自分のスマホをユウトに見せた。

SNSのタイムラインには、ホロミューズの名前がぽつぽつと現れ始めている。

「AIアイドルって、本当に作れるんだ」「可愛いかも」「ちょっと気になる」――

冷やかし半分のコメントもあるけど、ちゃんと“興味”が生まれていた。


「最初の一歩としては、十分すぎるくらいじゃない?」

「……まあな」

それでも、ユウトはまだ気を緩める気にはなれない。

これからもっと大変なことが待ってる。そんな気がしていた。


「おつかれさま、ユウト」

ヒカリが、画面の中で微笑む。

まるで本物の仲間みたいに、優しく――それでいて、どこか誇らしげだった。


「ありがとう、ヒカリ。お前がいなかったら、たぶん無理だった」


ヒカリは目を細めると、いたずらっぽく言った。

「でも、私を作ってくれたのはユウトでしょ?」


「……それは、まあ、そうだけどさ」

急に照れ臭くなって、視線をそらす。

すると、ナナがにやにやしながらからかってきた。


「はいはい、プロデューサーとアイドルのイチャイチャは、そこまで!」


「誰がイチャイチャだ!?」

「じゃあ何?お互い信頼し合ってる特別な関係、とか?」


「それは……う、うるさい!」


からかわれているのに、ユウトはなぜか悪い気がしなかった。

むしろ、少しだけ楽しい。

こんなふうに、誰かと一緒に目標に向かって走ってる感覚――

オタクで、コミュ症だった自分には、縁のないものだと思ってた。


「次は放課後ライブ、だな」

「そうだね」

ヒカリが頷く。

ナナも、机に肘をつきながら言った。


「本番はこれからだよ、プロデューサー」

「……ああ。やるしかない」


ユウトは、モニターの前でこぶしを握る。

ホロミューズは、まだ始まったばかり。

でも、彼らの物語は、確かに動き始めた。


放課後のライブ、そしてその先の未来へ――

ユウトは、もう迷わないと決めた。


第3話 『ホロミューズ、始動!』 (完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ