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第20話 『AIと人間、プロデューサーとアイドル』

第20話 『AIと人間、プロデューサーとアイドル』


翌朝。


ユウトは眠い目をこすりながら部室のドアを開けた。昨日の夕暮れから一晩明けたというのに、部屋の空気はまだどこか静かで、ひかりの明るい声が消えた現実を改めて感じさせた。


「おはよう、ユウト」


すでに部室にいたナナが、ソファに座りながら手を振る。テーブルの上には、ノートパソコンと資料が広げられていた。


「……早いな。何か準備してたのか?」


「うん。新しい子のこと、説明しておこうと思って」


ユウトは少し驚いたように眉を上げる。「もう、候補がいるのか?」


ナナは真面目な表情で頷いた。


「昨日言ってた子……実は、あたしが前からこっそり見てたAIアイドルのベータ版。まだ正式リリースされてないけど、開発チームに頼み込んで、今日だけテストで稼働させてもらうことになった」


「AI……なのか?」


ユウトの表情が複雑に揺れる。AIアイドル。それはホロミューズの核でありながら、同時に“人間”のアイドルとの違いを突きつけられる存在だ。ひかりも、ソラも、ミナトもAI。そこにまた新たなAIを迎えるという決断には、慎重にならざるを得なかった。


「どんな子なんだ?」


ユウトが問いかけると、ナナはパソコンを操作して一つの映像を見せた。そこに映っていたのは、ステージで一人歌い踊る少女型AIの姿。表情の作り込み、動き、感情の揺らぎ——どれをとっても、現行のホロミューズメンバーに劣らぬ完成度だった。


「名前は“アカネ”。今は開発コードだけど、本人が気に入ってるみたい。ちょっと勝ち気だけど、根は真面目で努力家。何より、ひかりに負けないくらい……“熱い”子だよ」


「熱い、か……」


ユウトは小さくつぶやいたあと、目を閉じた。そして、目を開けたときには、プロデューサーとしての顔になっていた。


「わかった。実際に見て判断する」


そのとき——


「じゃ、入ってもらおうかな」


ナナが声をかけると、部室のドアがノックされ、静かに開いた。そこに立っていたのは、燃えるような赤い瞳を持つ、意志の強そうな少女だった。


「初めまして。“アカネ”って言います。今日だけの仮参加だけど、よろしくお願いします、プロデューサー」


その声には、ひかりとはまた違う強さと、確かな自信があった。


ユウトは彼女をまっすぐに見つめながら、静かに頷いた。


「こちらこそ、よろしく……アカネ」


新たな風が、ホロミューズに吹き込もうとしていた——。


---


「それで、アカネ。君は、なんでホロミューズに?」


部室のテーブルを囲んで座るユウトとナナ、そしてアカネ。軽く自己紹介を終えたあと、ユウトは率直な疑問を口にした。


アカネは少しだけ間を置き、まっすぐにユウトを見返した。


「ひかりさんのライブ映像を見たとき、正直、衝撃を受けたんです。……私も、あんなふうに“誰かの心に残る存在”になりたいって思った」


その言葉に、ナナが思わず微笑む。ユウトも少しだけ驚いた表情を見せた。


「AIがお手本としてAIを選ぶってのは、ちょっと変な感じもするけどな」


「でも、私たちAIにとっては、それがすごく自然なことなんです。“ああなりたい”って思える存在がいるって、それだけで……自分が前に進む理由になる」


アカネの言葉には、理屈ではなく感情が込められていた。ユウトは、それがただのプログラムの応答ではないと直感的に感じ取っていた。


「とはいえ、ホロミューズに入るってことは、簡単なことじゃない」


ユウトの声が、少しだけ硬くなる。


「ひかりが抜けた今、バランスも崩れてる。ライブ構成も、演出も、全部見直しになるかもしれない。君自身も、うまくやっていけるかは未知数だ」


それは、歓迎の言葉ではなかった。でも、軽い期待だけで迎えるのも違う。だからこそ、プロデューサーとしての本音をぶつけた。


だが、アカネはひるまなかった。


「その覚悟はできてます。だから——試してもらって構いません。どんなに厳しい条件でも、乗り越えてみせますから」


その瞳には、確かに“ひかり”と同じような情熱が宿っていた。


「ユウト、今日は実際に踊ってもらっていい?」


ナナがそっと促すように言った。ユウトも頷く。


「ここじゃ設備が足りない。ステージで確認する」


「うん。準備、してくる!」


アカネが立ち上がり、少し緊張した足取りで部屋を出ていく。その背中を見送りながら、ユウトはぽつりとつぶやいた。


「……思った以上に、すごい子かもしれないな」


ナナはにやりと笑って、椅子の背にもたれかかる。


「でしょ? あたしの見る目、信じてよね」


ユウトは小さく笑いながらも、その瞳の奥には真剣な光を宿していた。


新たな可能性。それが、今まさにホロミューズに届こうとしていた。


---


ステージ照明が淡く灯り、アカネが一人、中央に立つ。


ナナが音響と照明の調整をしながら、後方でそっと見守っていた。ユウトは観客席に座り、腕を組んで、じっとその姿を見つめている。


「じゃあ、始めて」


ユウトの合図とともに、音楽が流れ始めた。


アカネの体が、音に合わせて滑らかに動き出す。決して派手ではない。けれど、ひとつひとつの動きに込められた意思が、確かにステージに映し出されていた。


リズム感、表情、空間の使い方——どれもまだ発展途上ではあるが、確かに「伝えたい」という強い気持ちがにじみ出ている。


(あの時の、ひかりに……似てる)


ユウトの脳裏に、初めてひかりのパフォーマンスを見たときの記憶が蘇る。未完成だけど、心を揺さぶられるような何かがあった。今、このステージにも同じものを感じていた。


曲が終わると、アカネは小さく息を整え、観客席のユウトをまっすぐに見つめた。


「……どうでしたか?」


しばしの沈黙のあと、ユウトは立ち上がり、ゆっくりとステージに歩いていく。


「まだまだ粗削りだ。技術面も、表現力も、もっと上を目指せる」


アカネの表情が一瞬だけ曇る。


だがユウトは、その隣に立って、静かに言葉を継いだ。


「でも……君には、それを磨いていく覚悟がある。その意志が見えた。——それなら、俺は信じるよ」


その言葉に、アカネの瞳がぱっと見開かれ、やがて小さく微笑んだ。


ステージ袖でナナがふっと肩をすくめながら笑う。


「やっと言った。素直じゃないんだから」


ユウトは少し照れたように視線をそらす。


「明日から、本格的な練習に入る。ついてこられるなら、ついてこい」


「はい、よろしくお願いします!」


真っすぐな声が、がらんとしたステージに響く。


そして、ホロミューズは——新たな一歩を踏み出した。


それは、ひかりから受け取ったバトンを、次へと繋ぐ始まりの一歩だった。


第20話 『AIと人間、プロデューサーとアイドル』

(完)

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